第2話 無茶を言うな!!

 俺は、平穏無事な高校生活を望んでいた。高望みをしない代わりに、イヤなことが起こらないように願っていた。だから、この高校へと通うことにしたのだ。


 小学生の頃の俺は、活発だった。多くの友達がいた。クラスの垣根を越えて、色んな生徒たちと交流していたからだ。男子からも女子からも好かれていた。ハッキリ言って、人気者だった。


 中学時代は、暗鬱だった。日が経つにつれ、友達は減っていった。男子からも女子からも嫌われていった。ハッキリ言って、悪者だった。


 ということで、俺は自宅から遠く離れた高校へと進学した。全てをリセットするために。






 自宅から最寄り駅までは、徒歩で十分。電車に揺られること、十四駅。そこからまた、十五分ほど歩く。合計で、一時間と少し。それが通学に要する時間だ。早起きは得意じゃない。これから毎朝、中々にツラい状況に陥るだろう。とはいえ、今日は指定の時間に起床できた。これもひとえに、これから始まる高校生活を支えてくれる相棒───目覚まし時計のお陰だ。買いに行っておいて、良かった。


 相棒の大きな叫びにより、午前六時半に起床。手早く顔を洗いに行って、食卓へと向かう。朝食は流し込むように摂り、トイレでは出すモノを迅速に出す。歯磨きと着替えは、機敏に。そうして家をあとにするのは、午前七時。なんとも慌ただしい一日の始まり。しかし、そうしないと遅刻してしまう。もっと早くに起床すれば余裕は生まれるが、そんなことなど、したくはない。睡眠時間を確保する方が、俺には重要だ。


 やがて到着したのは、見慣れぬ土地。自宅から三十キロメートルは離れている。そんな場所に、俺が通うべき高校はある。校舎は三つで、各学年ごとに分かれている。そのうちの一つの校舎前、昇降口の脇に臨時で設置されているクラス分けの名簿を見る。すると俺の名前───小野寺おのでら 耕平こうへいの文字があったのは、五組の欄。


 その後、これまた臨時で設置されている案内図に目をやる。一年生の校舎は、四階建て。そして一年生のクラスは全部で、十。それらの教室は一階から三階までに入っていて、四階部分には特別教室が入っているようだ。




 やがて二階にある一年五組の教室へと到着し、並んでいる机に目をやる。すると全ての机の上に、小さな紙が貼られていた。机の右前方に貼れているその紙には、着席するべき生徒の氏名が書かれているようだ。くまなく見て回るのは大変そうだと思ったが、程なくして俺は、ある規則性に気がついた。【あいうえお順】になっていたのだ。


 そうして着席したのは、最後列にして最右翼の席。つまりは、廊下からすぐの一番後ろ。角を取れるとは、なんとも運がイイ。心機一転の高校生活は、上々の【出だし】のようだ。そんな風に気をよくした俺は、思わず笑顔になってしまった。


「フフッ」


 なんとも甘い笑い声。しかしそれは、俺の声ではない。左耳に届いたその声に釣られるように、顔を向ける。するとそこには、なんとも美しい顔。俺の隣の席に美少女が座っている。そして彼女の顔は、俺の方を向いていた。それにより、目が合う俺たち。


「あ、ごめんなさい。なんだか嬉しそうにしていたから、ワタシまで嬉しくなっちゃって」


 先程の声と同様に、なんとも甘い声。しかし甘ったるくはない。【クドさ】はなく、ただただ心地よい。そんな声が再び発せられる。


「おはようございます。ワタシは、完全なクソビッチです」


・・・は? このコは、なにを言ってるんだ?


 いやいや、なにかの間違いの筈だ。俺の聞き間違いの筈だ。こんな美少女が自分のことを、クソ・・・なんて、言う筈がない。まして初対面で言うようなことではない。


「えっと・・・、おはよう・・・。ゴメン、よく聞き取れなかった」


「あ、そうでしたか・・・。ワタシは、完全なクソビッチです」


 聞き間違いじゃない、だと!?


 驚く俺を尻目に、美少女は続ける。


「気軽に、クソビッチと呼んで下さい」


 呼べるか!! 無茶を言うな!!




 こうして俺の高校生活は、波乱の幕開けとなった。



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