第17話 兄弟剣


――――数週間後、故郷から剣が届いた。普通の工房だったら何ヵ月とかかる剣を、こんな速さで。片方は折れたとは言え兄弟剣を北部仕様に打ち直してもらったと言う側面もあるが。

まぁ素材が貴重なものが多いから、素材集めに時間がかかるのが北部だが。

年中通して素材を確保し、常用のもの以外は必要な時にこしらえる。

それでも私のために他の注文を止めて作ってくれたのだろう。


「それにしても……これは」

1本は私の体格に合わせた女性用サイズ。普通の剣だと女性用は折れるし男性用は丁度いいがかさばる。


しかしこの1本は女性用サイズで細やかな動きが出せる。その上北部仕様なので滅多に折れない。ルンの棍を受けながらも折れなかったグイ兄さまの剣並みの強度である。


つまりはグイ兄さまの剣も北部の特別仕様なのだ。普通の北部仕様の男性用よりも長く剣幅も大きい。


「グイ兄さま、もう1本はどうすれば……」

これ、明らかに北部仕様の男性用よ?まさかお兄さまが使うの……?

だけどグイお兄さまにしては小振りよね。グイ兄さまの拳を封じるには小さすぎるわ。


「あぁ、これはね」

グイ兄さまがもう1本を持ち上げれば、おもむろにルーに差し出したのだ。


「これは兄弟剣だからね。馴染む場所が一番いい。うちの両親も工房も、皇帝陛下の剣を共に打ち直せると意気揚々としていたからね」

「……ま、そうだな。サンキュ、グイ。大任に戦々恐々とせずに意気揚々とするのはさすがは北部の連中だが」

ルーが剣を受け取りニヤリと嗤う。


「え……っ、ええええぇっ!?」

そう言えばルーの腰にはいつもと違う剣が挿してある。

兄弟剣の片方が折れてしまったから……とも思っていたが。


「まさかルーの剣も打ち直しに出したの!?」

確かに兄弟剣を元々2本挿していたルーならこの重さもへっちゃらだろうし、グイ兄さまが北部仕様の剣を預けるのなら、ルーはこの剣をそつなく扱えると言うことだ。


「当然。兄弟なんだ。離れ離れじゃ寂しがる」

「……グイ兄さまにそんな感性あったの?」

この兄にもハル兄さまと言う長兄がいるとはいえ。控えめに言っても安定のドン引きである。


「当然だよ。グイ兄さまだってねぇ、ハルにぃと離れて日々心細ーく感じているんだ」

「……薄っぺらすぎる嘘やめなさいよ」

全くこの兄は。ハル兄さまの頭痛のタネになることばかりしてるのに。そして案の定その通りと言わんばかりにケラケラと笑い出す。


「そう言えば……グイ兄さまもルンとは知り合いだったの?」

ルーとルンは相当親しそうだが。


「いや……俺がルーと会った時には既にいなかったよ」

いなかった……と言う表現は。


「そうだな……俺は母親が南部の貴族だったから」

ルーの系譜ってそうだったの……?ルーの生い立ちを聞くのは、思えば初めてだ。


「この皇帝の証を持ったことで、証を持てなかった当時の皇太子や皇太后の当たりが激しくてな」

皇太子が皇帝の証を持てなかったと言う事実。皇太子なら当然その証を持てたと思い込んでいたけれど、違ったのか。

帝都から遠く離れた北部にいれば、お父さまや跡継ぎのハル兄さまでもなければ帝都に赴くこともほとんどない。いや、帝都に住んでいたって、よほどの高官や側近じゃなくては知らぬ事実。

皇族の顔って高貴なものと考えられているから、そう理由をつければ面布をつけられるし。


「皇太后は皇太子を産んでから子を産めなくなり、恨んだ皇太后が俺が8歳の時に母を殺したんだ」

「……っ」

それが隠されていた真実。ルーのお母さまを殺した理由が明るみになれば、先代の皇太子に皇帝の証がないこともバレてしまう。そうなれば皇太子も皇太后もその立場を追われるだろう。


「数ある兄弟の中でも皇帝の証を持つのは俺だけだった。当時はミンも産まれていなかったから」

それに皇位を告げるのは男児のみ。女性では継げないが、だからこそその決まりが奇しくも皇太后の魔の手から明明ミンミンちゃんを守ったのだ。


「だから先帝は俺を母さんの実家の伯父の元にに移したんだ」

本来は後宮で育てられるはずの皇子が外に出されるだなんて、例外中の例外。


「そこで出会ったのがルンだ。ルンは名も持たず、皇帝の瞳と似たオッドアイを持つことで領主預かりとなるも……奴隷同然だった」

奴隷……何代か前の治世で廃止されてはいるが、未だにそのような考えを持ち続けるものはある。それを違った意味で踏襲したのが西部でもある。


「だからルンを側付きにして名を与えたのは俺だ。当時は南部の言葉もあまり知らなかったから、故事に登場する英雄の名を」

「じゃぁ本名は……」

黄竜ウォンルンだ」

まさにそのままであった。


「ルンとは何年も南部で過ごした。共通語はちっとも上手くならなかったが……俺は逆に南部の言葉を覚えた。だが俺が少数民族と仲を深めるのを危険視した伯父がルンを……処分したと告げ、ルンはいなくなった」

そんな……っ。今のルンを見るだけでも、どれだけルーのことを好いているのか分からないはずもない。そしてルーもまた、ルンを大切に思っている。それなのに……っ。


「諦めきれなかった俺はルンを探すために14歳の時にひとり伯父の元を離れた。けれど常に目を隠し、ただの子どもだった俺が外でひとりで生きられるはずがない。そこで偶然再会したグイに助けられて、ここまできた」

そう言えばグイ兄さまが旅に出たのって、16歳かそこらの時よね。その時には既にルーと出会って……いや、再会?


「ルーはグイ兄さまとその前に会ったことがあるの?」

「あー……グイが父親に付いて皇城に来ていたことがあってな」

普段はハル兄さまなのに。いや……ハル兄さまが熱を出した時などは代理で行ってたわね。

ハル兄さまは今でこそ丈夫だが、昔はよく熱を出したとお母さまから聞いたことがある。


「当時皇太子が俺の目が生意気だと踏んだり蹴ったり。でも皇太子が相手だから誰も止めることもできず。皇太子は調子にのって、料理まで滅茶苦茶にしたんだ」

料理を……?何だか嫌な予感がする。


「グイが食べていた桌子テーブルの料理を」

「……まさか、グイ兄さま」


「ぶちギレて皇太子を殴ろうとしたもんだから」

あちゃー……皇太子までか。でもそれでこそうちのグイ兄さまだ。基本的にルー以外に尻尾を振ることのない忠犬である。狂犬でもあるけれど。


「さすがにまずいと必死に止めて、俺が代わりをあげるからとなだめた」

よくそれで止まったわね……?あの兄が。


「今でも何でだか分からんが、そんな縁もあってグイは俺に今もついてきてくれる」

そして皇帝として即位するにあたっても、そこにはグイ兄さまの支えがあったのだ。


「……そうだったの……」

しかし……グイ兄さまがルーだけ特別視しているのは明らかだ。目が合えば脅えられて、目が合わないうちに逃げられる。獣でさえあの兄の前では背中を見せて逃げ惑うのよ。獣として肉食獣の前で一番とっちゃいけない行動を……肉食獣までとりやがる。


あれ……?でも……それなら。

あの兄を止めようとしたルーは……。


グイ兄さまにとっては稀有な存在だったのではないかしら。


「セナ……?何か思い当たるのか?」

「ふふっ、まぁね」

答えが分かってしまった気がする。


「何だ、教えてくれないか?」

「な、ナイショよ。後でグイ兄さまにどんなお仕置きされるか……」

自分が照れるようなことを何より嫌がる兄である。今度は剣じゃなくて斧持って追っかけてきそうだわ。


「ではグイにはセナへのお仕置き厳禁と命じておく」

「やめなさいよ、結局酷い目に遭った挙げ句『ん?遊んでるだけだよ?妹で』とか言うのよあの魔王兄は~~っ!」

「ぷ……っ」


「ルー?」

「やっぱりお前たち兄妹は面白いな……くっくっ」

「ちょ……ルーったら」

面白がってない?言っとくけど妹にとっては命がけの魔鬼ごっこよ?


「なら、ナイショのままにしておく」

「えぇ、ナイショだからね」

何だかそんなやり取りも微笑ましい。いつの間にかルーと過ごす時間が宝物のようになっている。


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