第7話 セナの怒り
――――妃となったからと言って、部屋で府抜けているなんてことがグイ兄さまにバレたら……ぶるぶるる。
「さて、鍛練ができる場所はないかしら」
合間に摘まむおやつはできた。あとブレンドしたお茶も完璧。あとは鍛練場ね!
「そうですね……妃の
と、リーミア。
「やっぱそうなるかしら」
「私は広ければいいのだけど」
あとこじんまりとした
……いや、普通は主役がそっちなのだが。
「セナさま。朗報ですよ」
「どうしたの?ウーウェイ」
良い感じの庭を探しに行っていたウーウェイが戻ってきた。
「よい鍛練場を見付けました」
「へぇ、どこかしら」
「隣の部屋です」
と……となり……?
「第4妃の部屋ですよ。きっとセナさまはお好きかと」
は……はい……?第4妃……?
「……
ミアが驚いて口に手を翳す。
「知ってるの?」
「私と同じ、元先帝陛下の妃の方で……当時は後宮城市にいらっしゃったけれど、現帝陛下になってから奥後宮にあげられた方です」
後宮城市も広いだろうに、まさか知り合いとは。それとも現帝の妃に下げ渡されたわけだから、有名なのかしら。それでもミアの顔に浮かぶのは、心配そうな表情だ。
「早速行きましょうか」
急いで妃の部屋を飛び出せば、そこはまさに修羅場の真っ最中である。いや、ちょ……私が探してきてって言ったのは鍛練場であって修羅場じゃないんだけど!?しかし事態は切迫しているのが十二分に伝わってくる。
「ど……どうか娘だけは……っ」
「どうして?娘を返してほしけりゃ言う通りにしなさいよ」
娘を助けてほしいと懇願するのは、長い金の髪に垂れ目がちな紫の瞳の20代ほどの美女である。そしてその女性の前に立ち偉ぶっているのは恐らく私と同年代の美少女だ。美しい銀色の髪に金色の瞳をしており神秘的ではあるが、その表情は醜悪そのものだ。
そして彼女らを取り囲んでいるのは、明らかに銀髪の美少女側に立つ女性武官たち。彼女らは奥後宮の武官ってことね。近衛の中でも数少ない女性武官の門戸であり、花形ではあるが。
「
その女性武官のひとりが4、5歳ほどの小さな女の子の腕をがしりと締め付けていた。
「
金髪の女性が叫ぶ。
「
リーミアが悲鳴を上げる。いくら女性の嫉妬や欲望、陰謀渦巻く後宮と言ってもね……限度ってもんがあるでしょうが……っ!
それなら私もこの欲望のままに剣を振るおうかしらね!
何たって前例があるんだもの。グイ兄さまは私がグイ兄さまの妹だと主張して威張ればすぐに首を刈ろうとしてくるだろうから、普段は言うことはないが。でもね……こう言うところはやっぱり……私もグイ兄さまの妹なのよ……!
音もなく剣を抜けば、北部の狂暴な冬の獣にも劣らぬ速さで脚を踏み出す。音を消し、されども一切の容赦なく。子どもを人質に取るようなやつらなら、ぶっ飛ばしても骨を折っても。子どもの心の傷に比べたら……まだまだ甘いもんよ!
「ぎゃぁっ!」
「ひぃっ!」
「な、何やつっ!」
瞬時に女性武官たちがどよめくが、剣を抜き去る時間など与えるものか!
「ウーウェイ、リーミア!女の子を!」
「御意」
ウーウェイが素早く応じる。
「もう大丈夫です」
リーミアが女の子……
「歯を食い縛りなさいっ!」
『ぎゃあぁぁぁっ!』
女性武官たちを軒並み凪払い、そしてその場にひとり立ち尽くす銀髪の美少女にガッと剣先を突き付ける。
グイ兄さまじゃなくて良かったわね?あの兄だったら容赦なくその首、切り落としてるわよ。
でも私は自分で言うのもアレだが、あの兄よりは優しいので。一応言い訳だけは聞いてあげましょうか。
「そこまでよ。もうここに戦える女性武官はいないわ」
私たちではないから、多分治るまでに何週間何ヵ月とかかるのでは。しかし武芸に秀でた相手。殺さない程度に仕留めとかないと。鍛えていない一般人とは違うのだから、同じ手加減は不要よね?
「あ……あなた……っ、なんてことを……!この私が誰だか知っているのでしょう!?」
「知らないわよ。婦女暴行犯?それとも幼児誘拐犯?」
「な……何ですって!?私は帝国の誉れ高き
「あぁ……あなたが」
皇太后のねぇ。
「でも皇后になってないってことは、そう言うことでしょう?」
「……なっ」
どうやらその事実は彼女にとっても屈辱なのだ。未だに後宮を自分の手勢の意のままにさせ、自身の息のかかった妃まで送り込んだのに。彼女は皇后にはなれなかった。そこは陛下が唯一受け入れることもなく、好きにさせなかった禁域なのだ。
「それに皇族の血を引く公主に手を出したのよ。どのみち死罪かしら」
帝国の貴族出身の娘とは訳が違う。
「生意気な真似を……!私にこんなことをして……っ!お前はどこの生まれなの!?お前の家ごと、いや……家族もろとも処刑してくれる!」
「あら、そうなの」
うちの家族、みんな精鋭揃いですが。あのエイダだって、頑張れば熊の1匹や2匹倒せるわよ。男にイイトコ見せたくてかわいこぶって『こわい~~』とか言ってるだけで、グイ兄さまが後ろから追い立てれば多分……やるわ。それにねぇ……やっぱりあんなグイ兄さまも家族なのよ、うちのね。
「私の名前はセナ。北異族であり、北部自治区の領主の娘です」
それを聞いた途端、第2妃がねめ付けてくる。ま、彼女も恐らく、突然ルーに第3妃の部屋を与えられた私を敵視しているだろうし。
「そうそう、それと……うちの家族を処刑でしたっけ。知ってました?実はうちの2番目の兄……グイと言うのですが、幸運なことに皇帝陛下の側近をしておりまして。北部まではきっと遠いと思いますので、まずはグイ兄さまに挑んではいかがですか?多分みなさま纏めで首を吊るしてくれると思うので、わざわざ北部に出向かなくてもみんな処刑されて行かなくて済むので、時間も労力も無駄にならないでしょう?」
そこまで言えば、第2妃の顔が恐怖に歪む。そうか……彼女もあの兄の異常性は十分に理解していたみたいね?でも……。
「その前に」
私が第2妃に詰め寄れば、第2妃がよろよろと後退り、壁に背を付けへなへなと崩れ落ちる。
そして第2妃の顔すれすれに、壁にガキンと剣を突き立てる。
「本気で私の家族に手を出すのでしたら、この場で私があなたに手を下しますが」
「そ……そんなの……陛下が……許すはず……っ」
「何を勘違いしておいでで?殺すわけではありません。ただちょおおおぉっと痛い目に遭わせるだけですわ。安心してくださいな。あなた武人ではないのでしょう?特別に一般人レベルに抑えて差し上げます。ですが油断はなさらない方がよろしいですよ。私は昨晩一般人にはサービスしてレベルを抑えましたが、その後グイ兄さまが容赦なく首を叩き落としたので。私たちに喧嘩を売ると言うのはそう言うことですので……楽しみにしておいてくださいね……?」
「ひ……ひいぃ……っ」
小さな悲鳴を上げた第2妃は、白眼を剥きへにゃりと
「やれやれ、意気地のない」
「いえ、セナさまの先ほどのお顔、グイさまによく似ておられましたよ」
「縁起でもないこと言わないでよ、ウーウェイ」
私、笑いながら剣振り回して追っかけ回したりしないから……!
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