第6話 早朝の事件


――――後宮生活2日目の早朝。


「……朝っぱらから何なのよ、本当に」

朝の支度と言えども、緊急事態なのだから仕方がないわよね。

昨晩の掌の傷は……よし、治ってる。さすがは北異族の身体。丈夫すぎて笑えない。そしてベッド脇の剣を手にし、颯爽と寝室を飛び出した。


するとウーウェイも起きてきており、何事かを察知したミアまで起きてきていた。どうやら今までの経験から危機察知能力までとは。ますます優秀ね。


「あの……セナさま……っ」

「大丈夫よ、それほど心配ないわ。少なくとも武器を携えてではないようだわ」

素手でも渡り合える……なら別だが。


「付いてきて」

どうせならみんな一緒の方がやりやすい。


急いで第3妃の部屋の扉を開け放てば、そこには大量の女官たち。しかもこの時間に私が出てくるとは思っていなかったのか、てんやわんやな様子で急いで横に列を成して拱手を捧げてくる。

こんな早朝から押し掛けて拱手って……本気でやってる気ある?


「何の用かしら」

そう堂々と告げれば、女官のひとりが私の前に出てくる。

「第3妃となられたセナ妃さまにお仕えすべく参りました」

はぁ……その、確かに第3妃の部屋は与えられたから……ぶっちゃけ第3妃内定なのだが、私はまだ正式に陛下に挨拶を済ませてないのよ?今はもう西部にいるだろうし、正式なことは多分帰ってきてからよ。それなのにこの女官たち。奥後宮の女官だからと少しは期待したが、そこまでと言うことか。それとも……。


「みな、顔を上げてくれる?」

私がそう言うと、女官たちが一斉に顔を上げる。あらまぁまぁ、いかにも上手く行ったみたいな表情を向けてきて。少しは営業スマイルを保てないのかしらね。


「ウーウェイ、彼女たちの顔に心当たりは」

「あぁ、確か夜中に第2妃の部屋に詰めていた女官たちかと。昨晩第2妃がセナさまに取り入って内情を探れと要求しておりましたが」

「あぁ、それでこんな早朝に押し掛けて来たの?はた迷惑な」

そしてウーウェイが告げた事実に、女官たちの顔が一斉に青ざめる。彼女たちは元々の後宮の女官か、それとも第2妃が連れてきた女官たちか。いずれにせよ、ウーウェイにバレていることも分からなかったとは。


「そ……その異民族の言葉を信じるのですか!?」

「悪いわね、私も異民族なもので」

元々の地域は違うとはいえ、少数民族仲間ではあるのよ。


「で……ですが、こんなにいるのに……」

「ウーウェイ、どう?」

「顔は記憶しております。一部は名前も」

「優秀でしょう?うちの従者。あなたたちが第2妃から送り込まれた……となれば、うちのウーウェイ以上の実力が何かあるのかしら?それとも何もないの?そんな女官たちを違う妃の元へやるだなんて……第2妃にはろくな女官がいないのねぇってバカにされるだけではなくて?」

にぃっこり……!!!


「な……ぁ……っ、わたくしたちはこの奥後宮付きの優秀な女官ですわ!」

奥後宮は元の主だった皇太后のお下がりだったと思っていたのだが、今は第2妃のものなのかしら。まぁ確かに陛下にはまだ皇后がいないのだから、後宮の女主人を務めるのなら第2妃よね。

いや……それとも。

その元の女官長が皇太后の息のかかったものであり、その女官長がいなくなっても第2妃が女官たちを使って私を貶めようと……となれば。

もしかして第2妃って皇太后よりの妃なのかしら。そしてだからこそ政治的な面か皇太后の手引きで陛下も第2妃を受け入れた。ただし……皇后にはしなかったのは、そう言うことよね。

奥後宮を長らく放っておいた陛下でも、第2妃を皇后にしなかったのは完全にここが皇太后の思うがままになることを防いだと言うこと。皇太后なのだから多少の影響力を保っていたって不思議じゃないけど。でももう世代が変わったのよ?さらには陛下は皇太后の実子ですらない。それでも影から覇権を握りたがるだなんて。よほど権力に執着したいのか……それとも我が子に代わって皇帝になった陛下に一矢報いたいとか……?

あれ、そう言えば皇太后の皇子……当時の皇太子が亡くなられたのって……?当時は混乱していて、情報も錯綜していてごちゃごちゃだったのよね。当時からこちらにいたグイ兄さまなら知っているかもしれないが、聞いてもあの兄さまが素直に答えるとも思えない。


ま、ともかくだ。皇太后の息がかかっていようが、女官たちが第2妃の手の者だろうが。


「そんなに優秀なら、手合わせしてみる?私の安眠を妨害した罪は重いわよ」

剣を胸の前で構えて、するりと白刃を抜く。女官たちはそれを見て青ざめる。うーん……これは昨日の一見で私の北異族のことを学んだとか?それとも私がグイ兄さまの妹だと知れ渡っているからこその脅えようかしら。私は兄さまほど狂暴じゃないわよ?

ここで抑えているように、理性的なのよ。


「これから朝食だから、邪魔しないでもらえる?いつまでもそこに突っ立ってるのなら不審者として掃討します」

するりと白刃を抜き去り構えれば、女官たちが後ずさる。


「散れっ!」


「ひいいぃっ」

「とんでもない女よ!」

やれやれ、それはどっちだか。早朝に大挙して押し寄せる方がとんでもないでしょうが。


「さーて、朝食にしましょ!」

くるりと振り返ってウーウェイとミアを見れば。ミアがおかしそうにくすりと笑う。やっぱりその方がいいわ。思い詰めて脅えている顔よりもよっぽどね。


そうして部屋の厨房に今日も立つ!


「あの、私が……」

「それじゃぁ手伝ってちょうだい、ミア。これから北部の朝食を作るわ!」

「が……頑張って覚えます!」

うぅ……勉強熱心なミアが尊いわね。あの女官どもにも見せてやりたいわ。


ウーウェイが肉と野菜の餡を、私はミアと生地を捏ね、ひとつひとつ丸く転がし餡を包む準備をする。


「薬草をたっぷり入れるのが北部流よね」

「冬など特に食材が限られていますものね」

だからこそ、栄養のある薬草や精の出る薬草を加えるのだ。もちろんここでは毒入りはなしである。ミアのトラウマになっても悪いし。


そして生地に餡を包んで蒸し器で蒸し上げる!


「はぁ……蒸し上がるの楽しみぃ……」

「ほら、蒸し上がるのに時間がかかるんですから、その間にスープを」

「ううー、マー~が厳しい~~」

「誰が媽媽おかあさんですか、あなたは」

だがウーウェイの口調はどこか和やかで、私もミアもクスクスと笑みを漏らしながら、楽しい朝食を迎えたのは言うまでもない。



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