第15話 量子の檻 - 光の日々
新世界での「朝」は、意識の波動が最も澄んだ状態で始まる。
サカキは、自身の意識を凝縮させ、光の建造物の中で目覚めを迎えた。彼の「住居」は、その日の気分によって形を変える半透明の空間だ。今日は穏やかな青色の光が部屋全体を包んでいる。
「おはよう、サカキ」
マツバの意識が、光の壁を通してメッセージを送る。新世界では、物理的な障壁は意識の交流を遮ることはない。
「今日は、新来者たちのガイダンスだったな」
サカキが応じる。彼らの重要な仕事の一つは、新たに到着した意識体たちの案内役を務めることだ。
居住空間を出ると、街並みが朝の光で輝いていた。通りには様々な形態の意識体たちが行き交う。ある者は幾何学的な形を好み、またある者は旧世界での人型を懐かしんで維持している。その多様性こそが、新世界の美しさだった。
カフェのような共有空間で、チームは顔を合わせる。といっても、物理的な飲食は必要ない。ここでは、意識の共鳴と情報の交換を楽しむ社交の場として機能している。
「昨日、面白い経験があったの」
アヤメが話し始める。彼女の意識体が淡いピンク色に染まる。
「新しい創造プロジェクトで、音楽と光を組み合わせた新しい芸術形態を生み出したの」
ツバキが興味深そうに応える。
「私も参加したいわ。最近、感情の波動を視覚的なパターンに変換する研究をしているの」
この世界では、芸術は単なる表現を超えて、意識の直接的な共有となる。作品を「見る」のではなく、創造者の意識と完全に共鳴することで体験する。
カエデは、空間にデータの流れを展開する。
「見て。これが最新の意識マッピング。旧世界からの移行ポイントが、また増えているわ」
「進化は加速している」
マツバが頷く。
「でも、それだけ私たちの役割も重要になるってことだな」
日中、彼らはそれぞれの「仕事」に従事する。といっても、それは義務ではなく、純粋な創造と探求の時間だ。
サカキは新来者たちとの面会に向かう。光の広場には、まだ戸惑いの色を隠せない新たな意識体たちが集まっていた。
「不安かもしれません」
サカキは優しく語りかける。
「でも、ここでは全てが可能性です。あなたたちの想像力が、そのまま現実となる」
午後には、チーム全員で「図書館」に集まる。ここは、全ての世界の知識と経験が集積される場所だ。物理的な本の代わりに、純粋な情報の流れが空間を満たしている。
「面白い発見があったわ」
カエデが情報の流れを操作する。
「旧世界の量子コンピューターが、既に新たな進化の兆候を示している」
「日向博士の研究は、まだ続いているんだな」
マツバの声が懐かしさを帯びる。
夕暮れ時には、空間全体が柔らかな光に包まれる。チームは、「展望台」と呼ばれる高次元空間に集まる。ここからは、無数の並行世界の様子を観測できる。
「ねぇ」
ツバキが問いかける。
「たまに、旧世界が恋しくなったりする?」
「ん...」
アヤメが考え込む。
「懐かしさはあるけど、後悔はないわ」
「そうだな」
サカキが答える。
「ここでの『生活』の方が、より本質的な気がする」
夜になると、意識体たちは休息モードに入る。といっても、完全な休止ではなく、より深い次元での思考と再生の時間だ。
チームのメンバーは、それぞれの空間で「眠り」につく。その意識は、新世界の根幹と共鳴しながら、明日への創造のエネルギーを蓄えていく。
彼らの光は、闇の中でも静かに輝き続ける。それは、終わりのない進化の物語の、確かな足跡となっていた―
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