Re.アース

シロキ

第1話 電脳空間の新世界



青白い光が瞬く。サカキの意識が徐々に形を取り始める。これが、Re.アースへの転送プロセス―人類が月面に構築した巨大データセンターを介して、人々の意識が投影される瞬間だ。


「転送開始。被験者:サカキ・レベル3クリアランス」

機械的な声が耳に響く。28歳のシステムエンジニアである彼にとって、Re.アースへの移行は避けられない選択だった。地球の環境悪化が加速する中、仮想空間での活動は、もはや贅沢ではなく必需品となっていた。


目を開けると、そこには見慣れた地球の姿があった。しかし、これは本物の地球ではない。人類が作り上げた仮想空間内の完璧なレプリカ、Re.アースだ。


サカキのアバターは、生体スキャンデータを基に作られた完璧な分身。やや痩せ型の体格、肩までの黒髪、切れ長の目。現実の自分と寸分違わない。ただし、このバーチャルボディには物理的な制限が少ない。重力も、疲労も、老いさえも、プログラムで調整可能だ。


空には、巨大な青い球体が浮かんでいる。本物の地球だ。月面から見上げる母なる惑星の姿を、プログラムが忠実に再現している。サカキは思わず息を呑んだ。その光景は、人類が何を失い、そして何を得ようとしているのかを雄弁に物語っていた。


「ようこそ、Re.アースへ」

突然、背後から声がかかった。振り向くと、半透明の姿をした案内人が立っていた。人工知能だ。


「初めての転送ですね、サカキさん。システムエンジニアとしての経験は、きっとここでも役立つはずです」

AIの声は温かく、人間味があった。


「ああ、そうだといいんだが」

サカキは少し緊張した様子で答えた。彼の専門知識は、この新世界の構築に必要不可欠なはずだ。しかし、目の前に広がる世界は、彼の想像をはるかに超えていた。


確かに、この世界は人工的だ。しかし、それは同時に無限の可能性を秘めている。環境破壊も、資源の枯渇も、物理的な制約も存在しない。ここでは、人類は文字通り新しい地球を、新しい文明を、一から作り上げることができる。


「あなたの作業スペースはすでに用意されています。他のエンジニアたちもお待ちですよ」

案内人が手を差し伸べる。遠くには未開の地が広がっている。誰も足を踏み入れていない、デジタルの荒野。そこには、彼の技術と想像力で形作られる未来が待っているはずだ。


サカキは深く息を吸い込んだ。それが実際の空気ではないことは分かっていても、感覚は完璧だった。彼は決意を固めた。この仮想世界で、人類の新たな章を築くために、自分にできることをしよう。


「案内をお願いします」

サカキの声には、もはや迷いはなかった。これが彼の、そして人類の新しい冒険の始まり。Re.アースという名の、果てしない可能性の地で、彼は何を見出すのだろう。


その答えを見つけるため、サカキは第一歩を踏み出した。

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