All in One

近郊 調

プロローグ

 空を見上げると、そこにはいつもとは違う夜空が広がっていた。無数の光の筋がかすかに瞬き、まるで誰かの囁きのように揺らめいている。エリオットは、ぼんやりとその光景を眺めながら、不思議な感覚に包まれていた。


 「なんだろう、これ……」


 ただの星空ではない。けれど、それが何なのかはエリオットにもわからない。彼は、漠然とした不安とともに、その光に引き寄せられるような感覚を覚えていた。


 エリオットはごく普通の少年だった。特別な力を持っているわけでも、何か使命を背負っているわけでもない。だが、ここ数日、自分の中で何かが変わり始めていることに気づいていた。夢の中で見知らぬ風景を見たり、耳元で誰かが囁くような声を聞いたりすることが増えていたのだ。


 そして今日もまた、夢か現実かわからない場所で目を覚ました。そこは、ぼやけた記憶の断片が漂う世界──まるで次元の狭間にいるかのような奇妙な場所だった。光が差し込む一方で、周囲はぼんやりと暗く、何もかもが曖昧に揺れている。


 「エリオット……」


 誰かが、かすかな声で彼の名を呼んだ気がした。だが、その声がどこから来ているのかもわからない。ただ、彼の心の奥深くに、何かが響いたのだ。


 エリオットはその声に導かれるように、一歩、また一歩と進み出した。そして、突然の閃光と共に目が覚めると、彼は自分の部屋のベッドに横たわっていた。だが、何かが違っていた。胸の奥に、かすかな光が灯っているような、見えない力が渦巻いているのを感じる。


 「なんだ、この感じ……」


 彼は胸に手を当て、不安そうに呟いた。その瞬間、胸の奥で何かが動いた気がして、エリオットは思わず息を呑んだ。


 その日から、エリオットの日常は少しずつ崩れ始めていった。学校の帰り道にふとした違和感を感じたり、道行く人の影が揺れて見えたり──彼の周囲には、見えない何かが忍び寄ってきていたのだ。


 友人たちは彼の異変に気づくことはなく、家族もまた、彼の心配を取り合わなかった。エリオットは自分一人だけが何か異なる世界を覗き見ているような感覚に囚われていった。夜、部屋に一人でいると、再びあの光の筋が目に映り、遠くから誰かが彼を呼ぶ声が聞こえてくる。


 「エリオット……お前には、役目がある……」


 その声は、どこか優しさを秘めているが、彼にとっては全く聞き覚えのないものだった。彼は心の中でその言葉を反芻したが、「役目」とは何を意味しているのかもわからなかった。


 ただ一つ確かなのは、彼が普通の少年ではなくなりつつあるということだった。見えない存在や異世界の景色が、まるで彼を導くかのように姿を現し始めている。だが、その意味を知るための手がかりは一つもなかった。


 エリオットは少しずつ、自分がこの世界とどこか別の「何か」に繋がっているのだと感じ始めていた。だが、それが何であるかは自分でもわからない。ただ、一歩踏み出せば、それが全て明らかになるのではないか──そんな予感だけが、彼の胸に強く響いていた。


 そして、ある夜、彼は決意した。


 「この声の正体を確かめなければ、いつまでたっても普通には戻れない」


 彼は見知らぬ存在が示す導きに従い、夜の闇へと足を踏み出した。エリオットの心には不安と好奇心が入り混じり、どこか遠い世界へと引き寄せられていくかのようだった。そして、彼が全てを知るまでの旅は、まだ始まったばかりだった──。

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