第35話 後悔、そして決意



 玲奈はプンプンと怒って離れていく。


「待っ……」


 徐々に遠ざかっていく玲奈。

 悲壮感に満ちた後ろ姿。

 一つの愛の形が崩れ去っていく感覚。


 やらかした。

 迂闊だったと反省するが、もう遅い。

 間違いましたでは済まされないのだ。


 確かに俺と玲奈は恋人同士ではない、言わばフワフワとした関係性だ。

 本来であれば、寧々ちゃんの胸を揉んだからといって罰されることはない。


 だがしかし、俺は宣言している。

 『玲奈だけを見てあげる』とな。

 あの言葉は一体全体どこにいってしまったのだろうか。


 霞田寧々を責めることはできない。

 断ろうと思えば余裕で断れたはずだ。

 寧々はバラすだのなんだのと言っていたが、彼女の性格からしてそんなこと、出来る訳がない。

 あくまでも俺が欲望の思うままに行動してしまったことが原因だ。


 玲奈と同じく心に闇を抱えた少女。

 自分を認めて欲しいと願う一心で突飛な行動に打って出てきた。

 彼女にとってもこれは賭けだったのだろう。


 一ヶ月前のあの雷雨の日、優しく接してしまってからというもの、度々教室を訪れてきたので、悩み事を聞いたりしていた。

 それは玲奈自身も知っていて、寧々とはただの友達関係だと分かっているから何も口出しはしてこなかったのだ。


 しかし、今回は話が違う。

 俺は一線を超えた。

 超えてはいけない壁を超えた。


 心のどこかでモテ期がきたのだと浮かれていたのかもしれない

 玲奈だったら許してくれるなんて甘いことを考えていたのかもしれない。

 ハーレムみたいな状況にうつつを抜かしていたのかもしれない。


 ……全て思い上がりだ。


 俺は頭が真っ白になりながら流れるプールに無気力に流されていた。

 仰向けになって水面上にプカプカと浮かび、ただひたすらに後悔し懺悔する。

 上空には眩い太陽、まるで俺を罰するかのように激しく光が降り注ぐ。


 眩しい。

 だが俺の心は暗闇に飲まれて、太陽の光ですら照らすことが出来ないでいた。




「ばっっ!!」

「おわぁっ!!」


 唐突に日差しが遮られ、何者かが声をかけてきた。


「そんな死んだ魚の目してどうしたのよ」

「ち、千里か、驚かすなよ……」

「せっかく遊びに来てるのに辛気臭い顔してどうしたってのよ、らしくもない」


 死体のように浮いていた俺を心配して声をかけてくれたみたいだ。


「玲奈と喧嘩した」

「……ふーん、なるほど。さっきすごい顔しながら玲奈が走っていったから何事かと思ったけど、そういうことね」

「……」

「まあ何があったかは聞かないでおくけどさ、このまま放置ってわけにはいかないでしょ」

「ああ、分かってる」


 少し間を置いてから千里が真面目な顔で話し始める。


「以前のアタシだったらほっとけばって言ってたかもしれないけどね。だけど、今は大切な友達だからさ、玲奈には幸せになってほしいって思ってる」


 千里はどんな心情でアドバイスを送っているのだろうか?

 諦めないって言った相手に対して、恋敵である玲奈を応援している。


 ……だけど、そんな無用な心配をする必要はなかったみたいだ。


「お〜い、千里〜、波のプール泳ぎに行かね〜か?」


 少し離れた場所に居る雅也の声だ。


「おっけー、今行くよー!」


 ……そっか。

 千里は千里で新しい恋に突き進んでるのかもな。

 雅也には陽キャでチャラそうな女子よりも、千里みたいなしっかりした相手の方が似合ってると思う。

 頑張ってほしい。


 そして、いつもみたいに肩を叩かれた。


「行ってきなよ。遅れれば遅れるほど、取り戻せなくなるからね」

「……」


 そう言って千里は雅也の元へと行ってしまった。


 ぐうの音も出ない。

 これはまさしく自分自身が蒔いた種だ。

 どういう結果になろうとも、玲奈としっかり向き合う必要がある。


 ……ああ、千里の言う通りだ。


 こんな状態の俺は、俺らしくない……!


 テンション高め、元気溌剌、人畜無害、そして玲奈に好意を抱く男子高校生、それが神谷隼人って男だったんじゃないのか!


(千里、マジでありがとう)


 そして、改めて気合いを入れ直した。


「よし! 玲奈に会いにいこう!」



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