体も心もホットに!異世界旅館へおこしやす~

猫舌サツキ★

温泉開発編

第1話 ここが異世界!?

 あ、知らない景色だ。



 通勤途中、中型トラックに轢かれた会社員【有馬ありま】は、異世界に送られてしまった。



 周囲をざっと一瞥してみると、島であることが分かった。天気は清々しい晴れ。寒くもなく、暑くもない心地好い陽気。海岸には波がザァと打ち寄せ、島の中心には、硫黄の臭いを白い煙とともに噴き上げる山が鎮座している。遠方には、別の陸地の緑がかすかに臨める。


 さて、どうしようか。


 手元には、仕事用の鞄が一つだけ。中に入っているのはノートPCとスマホ、駅前で貰ったポケットティッシュ、仕事の書類が入ったファイルと筆箱(3年もの)、ごはん山盛りの手作り弁当と、飲みかけの麦茶の入ったペットボトルのみである。



 口を付けたペットボトルは雑菌が繁殖しやすいため、早めに飲み終わっておく。



 一息ついたが、元々歩いていた交差点に戻れる気配無し。スマホを開いてみるも、もちろん電波の圏外。通話もメールもネットも使えない、光る板になってしまった。


「あのー!!誰かいませんかー!?」



 大声でヘルプを叫ぶが、波の音が聞こえるのみで、返事は無かった。



 これ、異世界というよりも、無人島みたいだ。



 俺は、海岸沿いにあった大岩の上に体育座りになって、いろいろと考えた。


 頬をつねっても、頭を手でペシペシと叩いても、夢から覚める気配はなし。ということは、ここは夢の世界ではないのだ。残念ながら、海の潮の香りも、革靴に入った砂のじゃりじゃりとした感触も、山の峰と青空との境界も、鮮明であった。こんなリアルな夢は見たこともないし、ありえないだろう。


「スーツで無人島に取り残されるとか……」



 身に着けている紺色のスーツを見て、そうボソっと言った。


「まずは水か。川とかあればいいが……それから食料と、寝床の確保か……」



 こういった場所で遭難した場合、その場から動かずに救助を待つことが鉄則なのだが――こんな場所に救助を期待することが間違っている気がした。



 最優先で確保すべきは、飲める水の確保であろう。人間、三日間何も飲まなければ命に関わる。山の上のほうに行けば、綺麗な川の水が見つけられるだろうか。


 俺は、重い腰を上げて、背の高い木々が並び立つ山の緩やかな勾配を登り始めた。




――早く、こんな異世界から脱出して、会社行かないとなぁ。遅刻は確定か……

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