第6話 その顔は見たくないから

手首が折れてしまいそうなほどの激しい痛みが全身に走っていく。掴まれた手首に込められている力はどんどん強くなっていて、骨が軋む音さえ聞こえそうなその力は耐えるので精一杯だった。けれど、この状況はきっとよくない。そう思って

「っ​……さとみ、くん……!」

痛みに耐えながら声を振り絞ってさとみくんを呼んだ。私の声が届いたのかさとみくんは立ち止まったけれど、振り向いてくれることはなくて、不安が胸に広がる。そこでふと、手首に込められている力が緩んでいることに気がついた。私はすぐにさとみくんの目の前へ行き、俯く彼の顔を覗き込んだ。

「さとみくん…?​ ……─────!!」

怒っている​────そう思っていたけれど、視界に映った彼の表情には悲しみと寂しさが浮かんでいた。

ズキリと胸が痛むのを感じながら彼の頬に触れようと手を伸ばした。けれど​────

「……える​…………」

私を呼ぶさとみくんの声は潤んでいて、弱々しく震えていた。見つめる視線も揺れている。見覚えのあるその姿に胸が締め付けられ伸ばした手が止まってしまった。

「………えるもオレから離れるの?」

「​─────!!」


『オレ……ずっと…ひとり、だった……』


"​──────お願い。そんなこと言わないで。"


その瞬間、脳裏に過ったのは小さい頃に教えてくれたさとみくんの話。私はあの時、誓ったんだ。絶対にさとみくんを一人にしないって。それなのに…私、何してるんだろう。さとみくんにもうこんな顔させないって、そう決めたのに​────。

視界が滲んでいくのをグッと堪えて、止まっていた手を動かし、さとみくんの頬に触れた。

「離れないよさとみくん。そばにいるから​───」

一人じゃないよ、ここにいるよって、ちゃんと伝わってほしくて、まっすぐ彼を見つめる。

「………えるの家…行きたい。えるのベットで、寝る」

私の手にそっと触れた後、さとみくんは肩に顔を埋めて耳元で小さく呟いた。

「一緒に行こう。さとみくん」

触れられたままの手を優しく握ると、さとみくんがそれに応えるように握り返して、そのまま自然と横並びになり、二人で一緒に歩き出す。茜色の空が同じように伸びていく影をそっと包み込む。



えるが言ってくれた。オレのそばにいるって。オレが真っ赤にしたその手を差し伸べて昔みたいに一緒に歩いてくれてる。痛かった…はずだ。でも……オレ、えるがいてくれないと…ダメだから。幸せがなくなるから。だから​、他の奴なんかと一緒にいないで​─────。

いつの間にか知らないえるが増えていて、視界が真っ暗に染った。そこにはえるだけがいて、だから…手を伸ばした。離れないように強く握りしめて、ただひたすらに歩いて、オレ達二人だけの世界に行きたかった。でも、オレを呼ぶえるの声は苦しそうで、その瞬間……​───ひとりになる。そんな映像が頭を過ぎった。

えるがいなくなったら、オレにはなんにも無くなるから、どこにも行かないでほしくて、あんな言葉が出ていた。……あの時のえるの顔、泣きそうだった。その先の顔をオレは知ってる。初めて見た時は嬉しかった。けど…今はあんまり見たくない。少しだけ変な気分になるし、胸の辺りにザーってノイズが走るから。困った顔は安心するのに、なんでだろ。

あぁ……あの時のはオレのためにしてくれたやつで…今日のは違う。だから嫌で​───でも、あの顔も……オレがさせたんだ。

ねぇ、える……オレといるのは、苦しいこと​───?

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