モンスターは綴れない

ぺんなす

第1話 血の味がするおにぎり

​───────お前の周りからオレ以外いなくなれ​。



「姉さん、買い物付き合ってくれてありがとう」

「ふふ。久しぶりだね。二人で出かけるの」

「うん」

弟のまこととの久しぶりの買い物。昔みたいに手を繋いだりはしないけど、こうして並んで歩くのはやっぱり嬉しいな。

「あれ、澄乃じゃん」

声のした方を振り向くと

「…わっ、三浦くん!」

「姉さん知り合い?」

「うん。クラスメイトだよ」

同じクラスの三浦くんがいた。

「そう。初めまして。弟のまことです」

「あー、どうも」

「はぁ…はぁ…兄さん……置いてかないでよ…」

三人で話していると、後ろから息を切らて走ってきた子が三浦くんに話しかけた。

「お前が遅いんだよ」

「……はぁ。……あれ、澄乃くん」

走ってきた子が弟を見て名前を呼んだ。

「あ、三浦くんだ」

弟もまた彼を見て名前を呼び

「知ってる人?」

「うん。クラスメイト」

そう答えた。

ここに集まった四人はそれぞれが知り合いだった。

「そうなんだ。初めまして。私​────……あっごめんね。電話だ」

自己紹介をしようとして、スマホが鳴った。画面を見てみると、見慣れた名前が表示されて、急いで電話に出た。

『もしもし。さとみんくん、どうしたの?​────うん。分かったすぐ行くからそこで待っててね』

電話から聞こえてきた声は、少し苛立っている様子だった。急いで行かなきゃ。

「まこと、ごめん!私行かなきゃ。埋め合わせは必ずするから。またね」


そう言って姉さんは走り去っていった。

「――またアイツかよ」

「アイツ?」

「姉さんの幼馴染」

「……ふーん」

「いっつもアイツのことばっかり……優しすぎるんだよ姉さんは」

アイツの元へ行く姉さんを何度見ただろうか。

いつになったら姉さんは、アイツから…離れるんだろう。



さとみくんから連絡が来て急いで向かった。

遠くに見えたさとみくんの姿がだんだんと大きくなって、はっきりと見えたさとみくんは座り込んでいた。

「さとみくん…!」

近づいてきたところで声をかけるとさとみくんは立ち上がって、私が来るのを待っていた。

「はぁ…はぁ…。ごめんね…さとみくん………」

喋りながら息を整え顔を上げると

「遅い。どこ行ってたの?」

いつもより低い声でさとみくんに見下ろされた。

「…まことと買い物に行ってたの」

「……。鍵早く開けて」

一瞬目線を逸らしたさとみくんだったけれど、すぐに視線は私に戻ってきて

「…うん」

急いで鍵を開けた。

鍵を開けるとさとみくんはすぐに家に入っていった。さとみくんの後を追いかけて私も家に入ったけれど

「ただいま。……あれ、さとみくん?」

さとみくんの姿が見当たらなかった。きっとあそこにいる​────。

「さとみくん?」

部屋に入るとさとみくんはベッドに入っていて

「さとみくん、寝てるの?」

「………」

返事がないってことはきっとさとみくん寝てるんだ。

このままにしておいたほうがいいよね。

そう思い私は音を立てないようにそっとドアを閉めた。


​───────えるの部屋だ。えるの匂いがたくさんする。ここでいつもえるは寝起きしてるんだ。オレもずっとここに​──────。



それから数時間後。

「姉さんただいま」

「まこと、おかえり」

「……アイツまた部屋にいんの?」

帰ってきたまことは私の部屋がある方を軽く見て呆れたような顔をしていた。

「うん。多分まだ寝てると思う」

そんな顔をする姿に見慣れつつありながらも、心は痛くて少し俯いた。そんな私を見たまことは

「……はぁ。姉さん、いい加減アイツから離れなよ」

「え…?」

思いもよらない言葉を投げかけてきた。

「アイツと一緒にいても姉さんのためにならないでしょ。離れるなら早いほうがいいと思うし」

私の…ために……きっと、そうかもしれない。それでも​────今は

「それはできないよ。もちろん、私じゃない誰かが現れて、さとみくんのそばにいるようになったらちゃんと離れるよ。でも…今は、放っておけない。さとみくんを一人にしたくないの」

「………はぁ。そう。姉さんの好きにしたらいいけどさ…少しは自分のことも大事にしなよ」

「うん。ありがとう」

まことの優しい言葉に心があたたかくなって、感じた痛みが和らいだ気がした。

「はぁ…」と小さなため息が聞こえたかと思うと、困ったような呆れたような、そんな顔をしたまことが部屋を出ていく姿が見えた。その背中を見送って私は夕飯の準備を進めていく。けれどその手はすぐに止まった。後ろから抱きしめられたからだ。

これはきっと​─────

「さとみくん。起きたんだね。よく眠れた?」

声をかけたけれど返事がなくて、顔を見れない状態のままで不安になった。

「さとみくん​─────?」

もう一度さとみくんの名前を呼んだ。返ってきたのは返事じゃなくて激痛だった。首筋に激しい痛みが襲って、なんとか逃れようと身体を動かしたけれど、さとみくんに強く抱きしめられていて身動きが取れなかった。

「さとみ……くん、っ……………痛いっ……」

声を振り絞ってさとみくんに呼びかけた。けれど痛みはずっと続いて、抱きしめる力も強くなっていった。さとみくん、こんなに力強かったかな…骨まで痛いよ……。

痛みに耐えていると、後ろからの熱が無くなったのを感じ顔を上げればさとみくんが部屋から出ようとしていた。

「……!さとみくん!」

「出てく」

「待って…!ご飯食べていかないの?」

「いらない」

背中を向けたまま、少なく喋るさとみくん。このまま家に帰ってもきっと……なにも食べないだろうから…。そう思って

「それなら、これ。おにぎり作っておいたの。家に帰ってちゃんと食べてね」

念の為作っておいたおにぎりをさとみくんに渡した。

何も言わずにさとみくんは受け取ってくれて…。大丈夫。きっと食べてくれる。



「おかえりなさい。さとみ」

「さとみおかえり」

「…………」


真っ暗でえるがいない地獄部屋。えるの匂いもしない最悪の場所。唯一の救いはオレの手元にえるのおにぎりがあること。

えるの血の味がする。​あ​───もっと噛んでおけばよかった。


……​────える以外がいるなら早く出てきなよ。オレが殺してあげるから。

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