春を運んできた家出少女

木場篤彦

第1話家出少女との出逢い

 私は冷え込む夜の街を小走りで抜けていた。

 12月11日の火曜日、20時20分を過ぎており、とにかく早く帰宅して長く睡眠を摂りたかった。

 シャッターが降りた酒屋の前で五人の少女が群れていた。

 彼女達は怒声を張り上げ、足許にある何かを踏みつけたり蹴りつけたりを繰り返していた。

 私は酒屋を通り過ぎる際にスピードを緩めずに首を突っ込むことをせず、離れた。

 彼女達の脚の隙間から血が流れる手の甲が見えたが、自身の命が惜しくて、助けなかった。


 酒屋から離れた安心な距離を確保し、呼吸を整える。

 そろそろ両手の感覚が危なくなる寸前で、両手を擦り合わせたり息を吹きかけてみたりを繰り返す。

 コンビニに寄るのも惜しみたいのはやまやまだったが、帰宅するまでに身体が凍えて持ち堪えられそうになかった。


 コンビニに寄り、おでんとほうじ茶と缶コーヒーを購入して、急いだ。

 小規模の公園が見えてきて、公園を通り過ぎようとしたタイミングで公園の方からへっくしゅんっ!と盛大なくしゃみが聞こえ、思わず脚を止めた私。

 私は逡巡したのち、公園へと脚を踏み出し、くしゃみが聞こえた方へと近付いていく。

 チカチカと光ったり消えたりを繰り返す街灯が立つ近くの豚を模した遊具の上で、器用に膝を抱え座るどこかの制服を着てコートを羽織った女子高生がいた。

「こんなとこに一人でいたら、悪い大人に見つかって襲われるかもしれないよ。貴女、早く家に帰って暖かくして寝ないと風邪をひくよ」

「そういうお姉さんも襲われますよ、常識を弁えない変態に。私に……帰る家なんて無いんですよ。私がどうなろうと心配するようなヒト……誰もいませんから、ほっといてください」

「ほっとくなんて……寒いんでしょ、貴女。それにそんな悲し——」

「お姉さん、さっき私を助けずに逃げていきましたよね?よくそんなこと言えますね!」

「えっ……?もし、かして……酒屋の前で——」

「そうですよ……!言いがかりをつけられて、酷い目に遭ってた可哀想な小娘ガキですよ……」

「さっきは……ごめんなさい。貴女を助けられなくて……あのぅ——」

「最低だよ、お姉さんも。助ける気なんて無かった癖にっ……私の前から消えろ!さっさとぉぅ、は〜うぅっくっっしゅん……はぁ〜あ。なんだよ、消えろって言ったんだアンタに」

「寒いのに強がって。おでんあるんだ、食べる?」

「だから寒くなぁんっ……はぁっはっ、はぁっぐじゅんぅ……うぅぅっ」

「ほらぁくしゃみばっかじゃん、さっきから。好きなの食べて、さぁさぁ」

 私は女子高生におでんが入った容器を差し出し、蓋を外し割り箸を渡して、食べるように促す。

「そんなに食べてほしいなら、食べてやるっ!」

 彼女は容器から出汁が染みた薄茶色の大根を摘み、口に運び咀嚼した。

「あっ……温かくて、美味しい。これも……美味しい。温かい……」

 彼女は大根を食べ、ソーセージを食べ、卵を食べ終えると、私におでんの容器を突き返した。

「少しでも、身体は暖まった?」

「ぅうん……暖まった。お姉さんが食べたくて買ったおでん……食べてごめん。酷いこと言った上に食べ物まで——」

「気にしなくていいよ。さっき貴女を救えなかった代わり……にはなってないことだし。貴女にこんなところで死なれるのは困る。貴女が嫌じゃなければ、今晩は私のところに泊まっていいよ」

「お姉さんにそこまで迷惑を掛けるのは……」

「今晩だけだから構わないよ。どうする?」

「えっと……じゃぁ、お姉さんの言葉に甘えて。今晩だけ、泊めてください」

「いいよ。よく言えましたぁ!」

 彼女は豚を模した遊具から降り、私の隣で歩く。


 私は、女子高生の元隅海咲もとすみみさを住処に上げて、泊めた。


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