ハエに転生した件 〜ハエ(本物)に転生したら【蠅の王】として国を治めることになってたんだけど〜
水垣するめ
1章 蜘蛛の領主編
第1話 ハエに転生した件
普通の人生、いわば面白みにかける人生を送ってきた。
人並みの成績で人並みの大学に入り、普通の企業に就職した。
気心の知れた学生時代からの友人数人と、家族以外にはほとんどコミュニケーションも取らなかった。
人間関係の衝突は面倒だし、ただでさえ毎日の仕事で疲れてるのにこれ以上精神をすり減らしたくない。
そもそも会社がブラックで上司もパワハラしてくる上司なため、進んでコミュニケーションしようと思わなかったのも弊害だ。
ブラックな職場で毎晩遅くまで働いて、適当に飯を食べて、たまに気分転換で動画を見て、寝る。起きたらその繰り返し。
毎日慢性的な寝不足で身体はだるいけど、コーヒーやエナジードリンクを飲んで無理やり働く。
たまの休日は一日中睡眠で消える。
アラサーになるまで働いていて、ふと思った。
──このままで良いのだろうか、と。
自分はなにかに打ち込んでいたわけでもなかった。
単純に今という時間を消費して、時計の針を進めているだけ。
この先、何を残せるのかだろうか。
もしかして、自分はこのまま何も残せずに消えていくんじゃないだろうか。
そう考えると急に怖くなった。
けどだからといって何かを始めるわけでもなく、胸のうちに湧いた不安を押し殺すように更に仕事に没頭した。
会社に泊まることも多くなり、流石に友人からも心配の電話がかかってきたが、それでも仕事に没頭した。
それが悪かった。
過労なんてものは、自分には関係ないと思っていたのだ。
久しぶりに終電で帰れたので家に帰ることにした俺は、玄関を開けて中に入った。
「痛っ……?」
その時、急に頭に激痛が走った。
同時に凄く眠たくなって、床が目の前へと迫ってきていた。
(あ、これやばいやつ……)
そう悟ったときには遅かった。
目の前に床が迫ってきている。
多分これ、死ぬな。
(こんなことになるなら、もっと初めから、ちゃんと生きてればよかった……)
心の内から後悔が湧き上がってくる。
俺はずっと駄目な人間だった。
人間関係の衝突を避けようとしたのだって、単純に人と関わるのが怖かったからだ。
そもそもろくに人と喧嘩したことなんてないくせに。
俺は馬鹿だ。
すべて悟ったような顔で、最初から諦めと妥協ばかりで、本当に大事なことからすら逃げた。
その結果、俺は何も残せずに死んでいく。
──ああ、もし次があれば、ちゃんと胸を張って生きれるように頑張ろう。
そこで意識は途切れる。
俺の生涯はそこで幕を閉じる事になった。
──はずだった。
(ってぇ……)
ズキズキと痛む頭に顔を顰めながら目を覚ます。
あれ……俺、生きてたのか?
完全にあのまま人生終了のパターンだと思ってたんだが……。
まぁ、単なる寝不足だったのかな。
今度は会社でもしっかり睡眠を取れるように、高級な寝袋を注文しておくとしよう。
だが、そこでおかしな事に気がついた。
俺が寝ていたのは地面だったのだ。
いつの間に外に出てきたんだ?
てか俺の記憶が正しければ家の周りにはこんな土のある場所なんてなかったはずなんだが、ここはどこなんだ?
そのまま周囲を見渡すと……ありえない光景が広がっていた。
(うわっ、なんだこれ……!)
俺の背丈の何倍もある緑色の何かが、何本も空に向かって伸びていたのだ。
(何かのオブジェクトかこれ? てかなんで俺は地面で寝てるんだ?)
その時、俺はあることに気がついた。
(あれ? 声が出ないぞ。なんでだ)
さっきから声を出そうとしても出ない。
喉になにか問題があるのか? と自分の手で触れようとした。
(なんだ、これ……)
目の前に二本の黒い棒みたいなのが現れた。
これはなんだ? とはじめは思ったが、この黒い二本の棒は俺の思い通りに動く。
どうやら、これは俺の手で間違いないらしい。
手袋でもはめられているのか、と手を擦り合わせて取ろうとしたが無理だった。
正真正銘この黒い棒が俺の手らしい。
(な、なんだよこれ……)
俺は愕然とした。
そりゃそうだろう。自分の手が変な黒い棒に変化していたら誰だって愕然とすると思う。
いや、ちょっと待て。
俺はとあることに気がついた。
もしかして、俺が小さいだけなんじゃないのか?
目の前に乱立しているこの緑色のオブジェクト……これは『草』じゃないのか?
ちょうどその時、緑色のオブジェクトの上から……ボトッ。
大きな水の玉、ではなく水滴が落ちてきた。
恐る恐るそれに近づく。
水滴に反射して映る自分の姿は……。
(…………ハエ?)
そう、俺は。
──ハエに、転生していたのだ。
***
(な、なんで俺が蝿になってるんだよ……)
俺は必死に思考を巡らせた。
そしてとある結論にたどり着いた。
(待てよ……もしさっき倒れたのが現実で、あのとき俺が死んだんだとしたら……もしかして、これって転生なのか?)
突飛な思考に思えるかもしれない。
しかし十分にありえる話だ。
なぜなら、俺が見えている目の前の光景がそれを証明している。
何もかもが大きくなった世界。
そして、水滴に写っているハエの姿になっている、俺。
ハエに転生した、と考えるべきだろう。
(転生って、Web小説とかでよく見るあれか? そりゃ一度は転生しみたいなんてことが考えたことはあるけど、なんでよりにもよってハエなんだよ……普通、貴族の子どもとかだろ……)
ハエなんていういかにも弱そうで矮小な存在に生まれ変わってしまったことに、俺はがっくりとうなだれる。
普通にショックだ。
人間以外に転生するとしても、もっと強そうな動物が良かった。
ハエなんて生物として最弱じゃないか。
(というか、ここはどこなんだ? 現代なのか?)
周囲を大きな草に囲われているため、様子を確認できない。
(ハエなら飛べるよな? 飛ぶことができたら周囲の様子を確認しやすいんだが……)
試しに背中の羽を動かしてみる。
すると──ふいっ。
身体が空に浮かんだ。
(おっ、飛べるな。これで一旦周囲の状況を確認するか)
そのまま空へと向かって飛び上がり、周囲の状況を見渡す。
(周囲は完全な森か……見たところ変な生物とかは見つからないが……)
飛びながらあたりの景色を見渡して見てみる。
普通の森が周囲には広がっていた。
(というか、飛ぶのって結構楽しいな……)
飛んでいて思ったのだが……自由に飛べるのって、楽しい。
人間だった頃には決して味わえなかった感覚だ。
ハエに転生して良かった、とは微塵も思えてはいないが、この飛ぶという体験自体は非常に楽しかった。
周囲の探索を終えた俺は一度地面に降り立つ。
(さて、周囲になにもないことは確認したが……これからどうするか、だな)
自分が今森の中にいることは分かったが、これから何をすればいいのか……。
(とりあえず、当面の目標を決めよう)
そう決心してうーん、と唸ってみる。
しばらくして俺は目標を決めた。
(当面の間生き残る。それを目標にしよう)
なにせハエに転生してしまったのだ。
ハエのままは嫌だが、せっかく第二の生を手に入れたのにすぐに死んでしまうのも嫌だ。
そうだ。これはチャンスだ。
前世で、俺は何も残せなかった。
全部妥協して、諦めた。
運良く『次』を手に入れることができたんだ。
今度こそ、胸を張れるように生きよう。
でも……まさかハエに転生するとは思っても見なかったが。
現状は胸を張って生きるとかそういうことを言ってる場合じゃないから、暫くの間は生き残ることを目標にしよう。
文明に浸りきってサバイバルのサの字すらないような人間が森の中に放り込まれてるんだ。生き残ることすら怪しいぞ。
(でも、生き残るって言っても……どうやれば良いんだ? 俺、ただのハエなんだけど……)
と、その時俺はとあることを思いついた。
(ああ、そういえばこういうときって、大抵ステータスを開いたりするんだっけ?)
俺が見ていたWeb小説では、大抵こういう困ったときにステータスと呼ばれるものを開いていた。
ステータスとは、その人物の能力や基本情報がまとめられているもので、大抵半透明のスクリーンが空中に現れるようになっている。
まあ、現実ではそんなことは起こらないのだろうが……。
そう考えていたとき。
(……え?)
目の前に半透明のスクリーンが映し出されていた。
画面の上部には『ステータス』と書かれている。
(うわ、本当に出てくるのかよ……)
半分諦めていたため、本当に出てくるとは思わなかった。
だが、この際ステータスがあるのはありがたい。
(なになに、俺のステータスはなんて書いてあるんだ……?)
ステータスを見てみる。
(えーと、種族は普通にハエだな。特にステータスもないのか……それで、ステータスは……おっ、特殊能力の欄があるな)
特殊能力の欄を見た俺は、気になるものを発見した。
(『マナ吸収』と『ステータス管理』?)
ステータス
名前:鈴木透
種族:ハエ
称号:なし
特殊能力:『マナ吸収』『ステータス管理』
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