引っ越しキャット
「ミヤは永く封じられていたからの、だいぶ力が弱まっておる。それもあってミヨに憑いたまま離れられんようになっておるのじゃ。それを無理やり引き剥がせば……の」
「そ、そんなのダメです!」
「なあっ!」
私とミヨちゃんは同時に叫びました。
ミヨちゃんはミヤさんをギュッときつく抱きしめています。
「じゃがな? ミヨを還すのであればそう時間はないぞ? こうしとる間にも神化は進んでおるでな」
タマちゃんは諭すようにおっしゃいます。
「むむむむ」と私が唸っていると黙っていたミヤさんが重い口を開きました。
「元はワシの不徳の致すところ。仕方あるまい……。タマ、やっとくれ」
「ダメですよ! ミヤさん! ……タマちゃん、何か……何か手は無いのですか?!」
「そうじゃなあ。あるにはあるが」
「教えてください!」
食い気味の私にタマちゃんは真剣な眼差しで応えました。
「勝江よ、お主は俗世を離れる覚悟はあるかの?」
「俗世をですか?」
「つまりじゃな。ミヤを引き剥がすのでなくお主に移し替えるんじゃ。そうすればミヨは人に還りミヤも消えぬ」
「タマ! それでは勝江が」
「じゃから覚悟を問うておる。ミヨに代わり神の世の者となりミヤを救うか、見捨てるかじゃ」
「はい、いいですよ」
「勝江!? ならん! ならんぞ!」
ほとんど即答した私に、ミヤさんが噛みつきます。ですが……。
「人の世に未練が無いといえば嘘になります。ですが父も母も……夫にも先立たれ、食事も喉を通らなくなった時、寄り添ってくれたのはいつだってキャットさん達でした。私が頑張れたのはキャットさんのおかげなんです。だから……」
「勝江……」
「言いましたよね? これも何かの縁だって、力になるって。私に出来ることをさせていただけませんか?」
「むう……そこまで言われては言い返せんではないか……」
「決まり、ですね。タマちゃん、お願いします」
「よう言うた!」
タマちゃんがぷうっと濃い煙を吹きかけるとミヤさんがふわりと浮き上がります。そのままミヨちゃんから離れて私の頭の上に乗っかりました。
その瞬間、ミヨちゃんの身体が倒れそうになりました。あっと飛び出そうとしましたが、私より早くタマちゃんが支えてくれました。
「大事ない。人の身に戻った反しじゃろう。よう眠っておるよ」
タマちゃんはミヨちゃんの髪を優しく撫でています。ミヨちゃんの頭にはネコミミはもうありません。
「さて、あとはっと。ほーれ、こいこい」
掛け声と共にタマちゃんが軽く手を招くように動かします。
「何をされたんですか?」
「まぁしばし待て」
タマちゃんはミヨちゃんを社の前にそっと降ろします。キセルから吹き出した煙が布団のようにミヨちゃんを支えていました。
すると、女性の方がふらふらとやってきました。
その方はミヨちゃんを見つけると目を見開き駆け寄ります。
「ミヨ! ミヨ!」
「ん……あれ? お母さん?」
「あぁ神様……! ありがとうございます、ありがとうございます」
どうやら女性はミヨちゃんのお母さんのようです、ミヨちゃんを抱きしめてもみくちゃにしています。私が目で問うとタマちゃんは応えてくれます。
「なに、ちょいと招いただけじゃ」
「凄いです! タマちゃん」
「ミヨはもうあっちらは見えてはおらん。憑かれていた間のことも忘れとる」
「そうですか。少し寂しいです」
「還るとはそういうことじゃ」
お母さんはミヨちゃんの手を引いていきます。
ミヨちゃんはふと何かを感じたのか後ろ髪を引かれるように振り向きましたが、首をかしげるとそのまま社から離れ見えなくなりました。
「良かったですね~」
「そうじゃが……勝江、本当に良かったのか?」
「今さら水くさいですよ、ミヤさん」
私とミヤさんが、ミヨちゃんを見送ったまましんみりしていると、突然タマちゃんに背中をバーンと叩かれました。
「何を辛気臭い顔しとる! ちゃんと勝江が還る方もあるわ!」
「え? そうなんですか?」
「なんじゃと!? タマ!? 何故それを先に言わん!」
「勝江の覚悟が知りたかったのじゃ。それにそうでなければ上手くいかぬ方でもある」
知りたいか? とタマちゃんはニヤリと笑うのでした。
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