第5話 結野は演じる。その2
一時限目、二時限目と授業が進む。
朝宮さんはちゃんと授業に出席している。真面目に先生の話を聞いてるかは別として、珍しく教室にいた。
まぁ毎日空席なんてことはないけど。
ただ、今日は本当に珍しかった。
三時限目、四時限目も私は、朝宮さんの後ろ姿を眺めていた。
一回もサボらずに大人しく席に座っている朝宮さんは、先生に驚かれたりしてた。
たまに頭を傾けたり、髪を弄ったり、ぎこちなぁくこちらをチラリと振り返ったり、私はそれを視界の隅で捉えては、気付かないふりをしてた。
お昼ご飯の時間。周りはザワザワと動き出し、好きな相手とご飯を食べる。席を動かしたり、学食に向かったり、お弁当を持ってどこかへ行く人もちらほら。
私は立ち上がると、膝掛けを折り畳みもしないで適当に机に置く。
鞄からお弁当を手に持ち、朝宮さんの席へ足を運ぶ。
私が近づいて来るのを見ては、朝宮さんはプイッと顔を背けた。
ほぉ~そんな態度を取ります?ならこちらもそれ相応の態度を取らせてもらいますぜ?
朝宮さんへ向かうと見せかけて、私はスゥーと横を通り過ぎる。
チラっと見ても顔は背けたまま。
私はまた静かに朝宮さんの背後に立つ。
さて、背後に立ったもののどうしてやろうか?と悩む。
これといって何も考えずに通り過ぎたけれど、何か面白いことはないだろうか。
……にしても、真後ろにいるのに意外と気付かれないんだな。朝宮さんが鈍感なのか、私の隠密スキルが高いのか。
ふわふわな髪をただ見下ろしている私は、自然とその髪に手が伸びた。
指先にその髪が触れる直前、朝宮さんが突然立ち上がる。私の下腹部に衝撃が走る。
「あっ!あんさっ!!――――……何してんだ?」
「い、いやぁ?別に……」
椅子の背もたれが私の下腹部に強く当たった。
「で……何か用かな?」
「いや、お前がわたしに用があるんだろ?」
「さぁ?声を掛けてきたのはそっちでしょ?」
「じゃあなんで後ろにいたんだよ」
はて?どうしてだったか?椅子の衝撃で飛んで行ってしまったかもしれない。
私はわざとらしくすっとぼけた顔をした。
「なんででしょう?」
「うざっ……」
「そっ、か。そう、だよね……うざったい私なんか、見たくもっ喋りたくもないよねっ?」
またも大根役者顔負けの演技を披露する。
私はオヨヨ、と濡れてもいない目を擦りながら、朝宮さんの前から走り去ろうと一歩踏み込んだ。
二歩目の足は、何かに引っ張られて前に出すことが出来なかった。
「ま、てよ……別にそこまで、言ってないだろ」
朝宮さんの顔は凄く焦ってて、次第に恥ずかしそうに顔が俯いて行く。
あれぇ今ので信じたの?すっごい分かりやすい演技だと思ったんだけど。
こんなのネタバラシするようなのじゃないよ?
あぁ、罪悪感が押し寄せて……。
いやまさか、私の適当な演技は人を騙せるほどクオリティが高いのか?そんな才能が私にあったなんて、正直驚きだ。
「……じゃあ、言って?私に何を言おうとしたの?」
こんなの、演技続行しかない。
「あ、あ~……腹、減った、な?」
「お昼だからね」
冷たく、傷付いている感じで。
「そっか、昼か、どおりで……」
「……うん」
会話が続けにくいように。
「だから、まぁ昼?だしな?」
朝宮さんは顔を隠すように前髪を弄っている。
まったく。不良なら不良らしく堂々とすればいいのに。
「ごめん朝宮さん。そろそろ行きたいんだけど」
なんで演技してるんだっけか?
罪悪感を隠そうとしてるんだっけ?それとも才能を確かめてるんだっけか?
……でも、今は何か違う気がする。
「え、あっあぁ~。そっか、そうだよな」
「うん」
私は一歩だけ後退りする。これは私の意志じゃない、勝手に足が動いた。
なんだろう?本気で朝宮さんの前から消えようなんて思ってない。
……きっと私の知らない私が、もどかしい朝宮さんに意地悪したんだ。
「…………じゃっ、じゃあ明日!!明日一緒に飯、食おうぜ」
今度は最後まで私の目を見て、朝宮さんは言い切った。
力強くて、でもほんの少し弱弱しい。脆い箇所を突いたら崩れてしまいそうな、まるで張りぼてみたいな強がり。
だから私はその張りぼてを、倒れないように支える。
「明日じゃくて今からだよ!」
顔を隠すその手を、私は強く掴んだ。
その手を引いて走り出すと教室内の視線が集まる。
でも、そんなの気にしない。今はそんなの気にならないほど気分がいいから、見逃してやる。
私は走る。
行先なんて決めてない。疲れて足が止まるか、この手が離れるまで私は走るつもりだ。
私は出来るだけ速く走った。
どっちの方が足が速いのか分からないけど、絶対朝宮さんに前を走らせない。
こんな顔見られたら、演技だってバレちゃうかもしれないもん。
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