第二話 嵐の幕開け

       「信託の乙女」

       《オルレアン》


そう唱えたアンナの持つ十字架が輝き、辺りを光が包み込む。光が収まった時、戌亥の目には軽鎧を着込み、腰に剣を、右手に旗を持つ少女の姿があった。その時、ちょうどアンナのいる位置へ向けて、木漏れ日が差し込み、照らしていた。それは天使の梯子と呼ばれる現象。まさに天より地に舞い降りた、翼や輪っかこそついていないが天使の様に見えた。そのあまりの神々しさに、戌亥はただ茫然と立ち尽くしていた。二人の前に立つ人型の生物(以後悪魔)は歓喜を催すかの様に声を上げた。


「おぉ・・・おぉ・・・!!!それだ・・・!それこそ我が王、我らが王が欲するチカラだ・・・寄越せ・・・ヨコせ・・・ヨコセ・・・!!!!」


悪魔は本を広げ、そこに書いてある事を音読しているかの様に唸った。それは呪文を唱えていたのだが傍目の戌亥には何と言っているのかさっぱりわからなかった。ただ低い声で何かブツブツ呟いている。それだけはわかったのだ。一方のアンナはと言うと旗を槍の如く水平に構えていた。旗の先端は金属が付いており、まさに槍として扱える様なのが素人目にもわかる。悪魔の唸りが最高潮へ達した時、悪魔の目の前には無数の魔法陣が浮かんでいた。唸りが叫びへと変わり、何か一言二言叫んだとほぼ同時に魔法陣から攻撃が飛び出した。それは様々な種類の攻撃だった。炎が飛び出し、水が流れ、風が踊る。その中でも目を引いたのは幾重もの鎖。右へ左へ、上へ下へと縦横無尽に飛び出し、どれもが眼前の少女へと殺到した。


「おいアンナ!俺は詳しいことはわかんないけどこれらはマズイ気がする!そんなとこで突っ立ってないで早く逃げろ!」


そう叫んだ戌亥を見ながらアンナは一歩前へ出ながら微笑んだ。


「大丈夫ですよ、戌亥君。ただ、一応念のためにそこからは動かないでくださいね。そこ以外へ弾きますから」


そう言い返した瞬間、戌亥の右や左には炎や水が地面を抉った。驚いた戌亥は目を見張った。その視線の先には遅いくる炎や水や風や鎖を全て旗で払いのけ、一歩一歩、確実に前へ歩むアンナの姿があった。


「嘘・・・だろ・・・一体・・・何がどうなってやがるんだ・・・?何であんな女の子が狙われてんだ?ダンタリオンと名乗ったあいつはなんなんだ・・・?チクショウ・・・全くわからねぇ。わからねぇよ・・・」


そう呟く戌亥を他所に一人と一体の距離は見る見る近づいていく。悪魔は焦りさらに攻撃の手数を増やした。それは10や20ではない。もはや100とも言えるであろう数なのだ。それでも乙女の足は止められなかった。その足は一歩一歩踏める歩きから駆け出す走りへと変わっていた。襲いくる数多の攻撃を弾き、去なし、避け続けて遂には旗の間合いまで入り込んだ。


「くそ!くそ!くそ!俺は悪魔なんだぞ・・・!地獄の公爵様なんだぞ・・・!それがなんでこんな目に遭わなければならないのだ・・・!!!おのれぇ・・・もはや許さんぞ・・・!!」


恐れと悔しさを混じった様な声を出す悪魔。突き出された旗が悪魔の体を貫く直前。悪魔は後ろへ跳んだ。そのまま本を持たない手、即ち左手を突き出した。その手のひらには先程足元に浮かんだ紋様が刻まれていた。眼を見開いた悪魔は歓喜の声を上げた。


「フハ・・・フハハハハハ!!!そうか・・・!そう言う事か!見える・・・見えるぞ!貴様の心の内が!貴様の秘密が!貴様、あの一族か!呪われし"ルテr"・・・・・」


悪魔の言葉は言い終わる事はなかった。言い終える前に旗の穂先が悪魔の口を貫いたからだ。


「その名を・・・ここで、彼のいるところで言うのは許しません。これ以上、無駄な事はしないでください。楽に逝かせてあげます」


怒気を帯びる声。そこそこ距離のある戌亥ですら怒っているのが伝わるほどだ。旗に貫かれていながらも悪魔は口を動かした。それは最後の言葉となる。


「フフフ・・・良いだろう・・・貴様の勝ちだ・・・だが覚えておく事だな。悪魔は私だけではないぞ・・・第二第三の悪魔が貴様を襲うぞ。そして・・・これは置き土産だ!」


そう言ったのだろうが槍に貫かれている為上手く発音できていなかった。それでも何か危ないと感じたアンナは旗を動かそうとした。だがその前に悪魔の左手がアンナに触れた。


「k・・rd・・・omeh・・・ain・・・obrel・・・フ、フハ、フハハハハハハハハハハ」


やはり何を言っているのかわからなかったが、穂先が抜けた後の笑い声は確かに聞こえた。その笑い声を中断するかの様に旗は悪魔の首を体から切り離した。

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