第29話 北極星は出てないから


5話「左右盲」で、

口頭で道案内をするのが苦手だということを書きました。


これは、そんな人にうっかり遭遇してしまった、矢芝の夫のエピソードです。


ずいぶん前のこと。

スマホが今ほど普及していなかった頃のことです。


矢芝の夫は、用事で東京のとある会社を目指していました。


駅を降りたはいいが、どっちへ行っていいか分からなくなった夫は、訪問先の会社へ電話して、道を聞くことにしました。


「今これこれこういう所まで来ましたが、道が分からなくなってしまって…」


夫の電話に出てくれたのは、事務の女性のようです。


彼女はこう教えてくれました。


「北へ向かって下さい」


………北?

東西南北の、北?


「北…ですか?」


夫が聞き返すと、


「はい。北へ向かって下さい」


と、繰り返されました。


北。


真っ昼間の、

東京のビル群の中で、

北を目指せ……と?


当然、方位磁針は持っていないし。

飛行石も光ってないし。

(…あれ、北でしたっけか?)


難易度高すぎる。


結局、夫は交番を見つけ、道を聞き、会社に辿り着くことができました。


帰宅した夫から、この話を聞いた矢芝は


「旅人かよ」


と、一言。


事務の方、何を見て「北」とおっしゃったのか…

パソコンのマップだったのでしょうか…

もしかしたら、矢芝のように、右左が苦手な方だったのかもしれませんね…


夜だったら、北極星を目指して行けたかも…?


やっぱり旅人だわ…


「北の旅人」は、

石原裕次郎だわ……










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