魔物討伐 2

「それで、お父様、いったい何の素材が必要なの?」

「マンドレイクの花と月歌草だよ~」


 それを聞いて、わたしは顔をしかめた。

 マンドレイクは森の奥にしか生息しない魔物だし、討伐の際はその叫び声を耳にしないように注意が必要だ。

 そして月歌草は、月の出ている夜の間にしか活動しない。日中は地中深くに潜っていて、夜になると出てきては人の方向感覚を狂わす歌を歌う。


「お父様! まさか夜まで森の中にいるつもりなの?」

「そうだよ。だって、月歌草は、夜にしか出てこないだろう?」


 出てこないだろう、ではない!

 魔物が活発化しているこの季節に、夜の森がどれだけ危険か知っているはずだ。道理でお母様がわたしについて行けと言うわけである。


「大丈夫だよ。フェヴァン君がほら、ご飯とかテント一式とか持っているから!」

「そういう問題じゃないのよ!」


 とはいえ、もう出かけてしまったのだ。こうなればお父様は何を言っても聞かないだろう。素材に目がくらんだお父様は止まらない。

 額を押さえて嘆息すれば、隣のフェヴァン様がくすくすと笑う。


「アドリーヌのお父上は楽しい人だね」

「楽しい、で片づけられないですよ」


 お父様が元気になってくれたのは嬉しいけれど、しばらく臥せっていたためかその反動がすごすぎた。

 森に向かうまでにも、薬草を見つけてはせっせと採取しているお父様は、完全に童心に返っている。目がきらっきらだ。


「すでにお父様が魔法薬の素材にしちゃっているので今更かもしれませんけど、貴重なエターナルローズをあんなにたくさんいただいてよかったんですか?」

「いいんだよ。殿下がいいって言ったんだから」

「そんなに気前よくぽんぽん上げていいものなんですか?」

「まあ、今回は事情が事情と言うか……」


 フェヴァン様が歯切れ悪く言って頬を掻く。


「ほら、俺が婚約を解消するために男が好きだなんて嘘をついただろう? あれで殿下の方にとばっちりがいっちゃって……。どうやら殿下の婚約者のエリーヌ様があらぬ誤解をしたようでね」

「あらぬ誤解……」

「うん。ええっとだね、要するに、俺と殿下の仲をね、疑いはじめたらしいんだよね」


 なるほど。そういえばお姉様が、フェヴァン様の想い人は王太子殿下ではないのかという噂が一部で立っていたと言っていた。王家にもみ消されたようだが、一番耳に入ってはいけない人の耳に入ってしまったわけだ。


「殿下が何を言っても信じてもらえなくてね。だから俺が求婚すると聞いて、殿下は俺の縁談がまとまればエリーヌ様の誤解も解けるのではないかと考えたんだよ。で、いくらでも支援してやるぞと……」


 なるほど、貴重なエターナルローズをぽんぽんと差し出したのは、そういう背景があったわけだ。王太子殿下もなりふり構わずである。


「でも、思うんですけど、そんな貴重な薔薇をぽんぽんとフェヴァン様に上げている時点で逆に怪しまれませんか?」

「……だ、大丈夫じゃないかな?」


 フェヴァン様もちらっと思ったのだろう。視線が泳いでいる。


「王太子殿下とエリーヌ様が破談になったりしたら、わたしにもお咎めとかあるのでしょうか……」

「さ、さすがにそれは……。俺のせいだし……」

「噂について侯爵様は?」

「何も言わなかったけど寝込んだ」


 可哀想に。

 そして、宰相が寝込めば陛下は大変だろう。


「だから、アドリーヌが結婚してくれると嬉しいな」

「それとこれとは話が別です」

「本当に手ごわいな……」


 がっくりとフェヴァン様が肩を落とす。

 お父様はわたしたちの会話はまったく耳に入っていない様子で、子供のようにあっちにこっちにと駆け回っていた。


「お父様、森に到着する前にばてますよ!」

「うん! でも、こんなにたくさん薬草があるんだよ!」

「このあたりの道にはお父様が薬草の種を昔ばらまいたんだからそりゃあ生えてきますよ!」


 薬草の中には雑草レベルの生命力を誇るものもあるのだ。お父様が種をばらまいたせいでこのあたりには毎年のように薬草が生えてくるのである。


「アドリーヌ、僕はね、決めたんだよ! 僕のように酒を飲みすぎて病気になってしまう人のために、酒をいくら飲んでも大丈夫な薬を作るんだ! エターナルローズを使わなくても効果がある薬を開発するんだよ‼」


 薬草を採取する手を止めたかと思えば、突然の決意表明である。

 わたしは頭を抱えたくなった。酒好きのお父様は、ちっとも懲りてない。体調を崩してお酒をやめるのではなく、いくら飲んでも大丈夫なように薬を開発するとか意味がわからなかった。お父様の思考回路にはついていけない。


「アドリーヌのお父上は、楽しい人だね」


 フェヴァン様がさっきと同じことを言ったけれど、さっきとは微妙に意味が違う気がする。


 わたしは恥ずかしくなって両手で顔を覆った。


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