血迷った求婚者 3

 ダイニングでお茶を飲んだ後で、お父様はわたしからエターナルローズの花びらを一枚貰って、るんるんで研究室にこもった。元気そうで何よりだ。


 お母様によると、元気そうに見えても一日に数時間くらいしか起きていられないそうなのだけれど、今は薬の完成間近ということもありテンションが上がっているんだろうとのことである。あとで反動が来ないといいけれど。


「それで、いったいどのくらいここにいるの? まさか今年のシーズンが終わるまでずっといるわけではないのでしょう?」


 わたしは、お父様がダイニングからそそくさと退出した後も、お母様と二人でダイニングでまったりしている。

 三十歳くらいにしか見えない美魔女のお母様は、娘のわたしから見てもとっても綺麗だ。


 ……もうずっと思っているけど、どうしてこのお母様が平凡なお父様を選んだのかしらね?


 貴族の結婚だ。政治的な理由とかいろいろあるんだろうけど、娘のわたしから見ても、うちのお父様とお母様はちぐはぐな夫婦である。

 お父様も不細工ではないけれど、平凡で空気みたいな人だし(まあ、騒ぎ出したらうるさいけど)、力の強い魔術師で容姿も端麗なお母様は引く手あまただったと思うのに。


「ねえお母様」

「なぁに?」

「なんでお母様はお父様と結婚したの?」


 訊ねれば、お母様は面白そうに目をしばたたいた。


「あら、アドリーヌもようやく結婚に目を向ける気になったのかしら? それはそのエターナルローズをくださった方の影響?」

「そういうわけじゃないけど……、なんというか、ちょっと変わった人だったから」

「どう変わった人なの?」

「……わたしを、可愛いって言ったの」


 婚約していないのに婚約破棄を宣言してきたことは伏せて、それだけ言えば、お母様はころころと笑いだした。


「あら、見る目がある方ね。どうして振ったの?」

「どうしてって……、わたしが可愛いなんて、本気で言っていると思う?」

「思うわ」


 それは親の欲目というやつではなかろうか。

 わたしが訝しそうな目を向けると、お母様が肩をすくめる。


「あなたがそれを信じられないのなら、まあ、その方との結婚は無理かしらね。そうねえ……、どうしてお父様と結婚したかだったかしら?」


 お母様は綺麗に整えられた爪の先で、からっぽになったティーカップの縁を軽く叩いた。

 そして、にっこりと笑う。


「可愛いって思ったのよ、あの人のことが」


 ……わたしはもしかしてお母様に揶揄われているのだろうか。


 わたしはそっと息を吐くと、フェヴァン・ルヴェシウス様のことはもう忘れようと心に誓った。



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