不名誉な噂と求婚 4
王都からカンブリーヴ伯爵領までは、馬車を使えば三日かかるが、移動魔法陣を使えば一瞬だ。
移動魔法陣の利用には銀貨一枚がかかるけれど、馬車に揺られて宿を取って……と考えると破格の安さで、長距離を移動する際には、大勢の人がそれを利用する。
王都には三か所移動魔法陣が設置している場所があって、利用には事前申請が必要だ。
申請を出して一番近い日で空きがあるのが四日後だったためその日を予約し、わたしはその日に合わせて少ない荷物をまとめていた。
その間にルヴェシウス侯爵家から連絡が入り、わたしの名誉を傷つけたとして金貨百枚が届けられた。結構な大金だ。それ以外にも、もしこの噂のせいで何かあればルヴェシウス侯爵家が助けてくれると言う約束までしてくれたのだから、なかなか誠意のある対応をしてくれたと思う。
風の噂では、フェヴァン様も、正しい婚約者のアドリエンヌ・カントルーブ伯爵令嬢との婚約を無事に解消できたらしい。
嘘ではあるがフェヴァン様が「男が好きだ」などと言ったせいで、アドリエンヌも自分がついた嘘がばれると慌てたのだろう。あちらの方から「この話はなかったことに……」という申し出があったそうだ。
お姉様がお友達から仕入れてきた情報によれば、アドリエンヌはフェヴァン様に一目惚れをして、何とか彼の妻の座を得ようと画策していたらしい。
もともと恋多き女性だったので他にも恋人はたくさんいたそうだけど、フェヴァン様に惚れてからは彼一筋で、何とかして口説き落とそうとしていた矢先に留学が決まり、焦ったアドリエンヌは彼と恋人だったと言う嘘をついたと言うわけだそうだ。
貴族の結婚なんてものは家同士のつながりを求める政略結婚がほとんどなので、婚約まで持ち込んでしまえば、フェヴァン様も諦めると踏んだらしい。何とも強引で杜撰な計画だと思う。
その計画がうまく言ったのは、ひとえにルヴェシウス侯爵が誠実な人だったからだろう。だが、令嬢に手を出したのなら男として責任を取るべきだと判断した正義感はよかったものの、やはり事前にフェヴァン様に事実確認をしておけばあのような騒ぎにはならなかったものを、と思わなくもない。
「アリー、荷物はこんなものでいいかしら?」
「旦那様と奥様へのお土産は用意されましたか?」
「……あ、忘れてたわ」
何も持たずに帰れば、お父様もお母様も拗ねるに違いない。
……お母様には王都の美味しいお菓子、お父様にはお酒かしら? あ、でも、お医者様から禁酒を言い渡されているのよねえ。
なにせ、お父様が体調を崩したのはお酒の飲みすぎが原因である。
昔からお酒に強かったお父様だが、酔わないからと言って暴飲していい理由にはならない。そのせいで内臓がやられて、しばらく大人しくしておくようにと言い渡されたのだかが自業自得だ。
魔法薬の研究者であるお父様は、少し体調がよくなりはじめた最近では、自分のために薬の研究をしているみたいなので、そのうち開発した薬で元気に復活するだろうとは思われるけれども、娘としてはもう少し反省してほしいところである。
……ということで、お土産のお酒はなしね。お母様と一緒でお菓子にしましょう。
王都には各地の美味しいお酒が集まる。お父様は王都に来れば嬉しそうにあちこちでお酒を買い求めていたけれど、しばらくは我慢させよう。
「出発予定は明日だし、じゃあ、お菓子を買いに行きましょうか」
わたしはアリーに手伝ってもらって外出用の紺色のドレスに着替えると、オレンジ色の強い金髪を一つにまとめて帽子をかぶり、度なしの眼鏡をしっかりとかけた。お化粧なんてしない。アリーもお姉様も「年頃の娘が……」と小言を言うけれど、わたしのような凡庸な女が化粧をしたところでたいした変化はしないはずである。
お姉様はよく「あんた本気で結婚相手を探すつもりある?」っていうけど、お化粧をして化けても見向きもされなかったら立ち直れないじゃないの。言い訳くらいは残しておきたいわ。
わたしだって、いつか見た目じゃなくて中身を見てくれる男性が現れるわ、なんて夢見がちなことを言うつもりはない。
男なんて大概がナイスバディで美人な女性に惹かれるのだ。お姉様の盛に盛った胸元に大勢の男の視線が向くのを知っているから、わたしはもう男性に夢なんて見ない。
……あの胸、あげて寄せて作っているのよって言ったら、みんなどんな顔をするのかしら。
お姉様が怖くて、絶対に暴露なんてできないけど。
つまりは、世の中そんなものなのだ。
だから、化粧をしても見向きもされなかったら、わたしに希望もへったくれもなくなる。自分の心を守るために「素顔だから見向きもされないのね」くらいの理由は残しておきたい。
なーんてアリーに言ったら「馬鹿ですか?」って真顔で言われたけどね。馬鹿で結構よ。
お姉様は今日はマリオットとデートだし、ロビンソンにだけ行き先を告げていけばいいだろう。
アリーがついてきてくれるらしいので一緒に玄関へ向かって、馬車の準備をしてもらおうとしたときだった。
庭の向こうにある門が開いて、一台の馬車が敷地内に入ってくるのが見えた。
見ない馬車だなと目を凝らしたわたしは、馬車の側面に、ルヴェシウス侯爵家の紋章が描かれているのを見て目を瞬いた。
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