第十一話 星を待つ

 教室の扉を開けると、購買部でアイスを買ったらしい保科と佐竹が私の机に腰掛けて、私を待っていた。

 アイスを舐めとる仕草に、少しドキッとしてしまうのは、私の恋愛対象が同姓であるということを認めてしまったからなのだろうか。

「よっ、どうだった?」

「……今日は、残念、サッカー部だね。サッカー部の男子からの告白はダブってるよ」

 未だにこの2人は、私に告白される男子の部活動コンプリートを狙っていたらしい。

「まったく……、あんまり茶化さないでよ」

 とはいえこのやりとりも久しぶりだ。

 何故か最近では、男子から告白される回数も減ったしなぁ。

(もしかして、私の魅力が減ってる?)

 なんて一瞬危惧してみたけど、今更自身がモテようがモテまいが興味は湧かない。

 それも一昔前とは別の意味で、だ。

「ほら、那月の分。あんまり遅いからちょっと溶けちゃったけど」

「うん、いつもならもっと早く戻ってくるのに……。もしかして、オーケーした?」

 半ば溶けているアイスだったが、カップアイスで助かった。

 プラスチックのスプーンで掬い取りながら、邪推する佐竹の言葉を短く否定する。

「なんていうかな、告白することの重み?みたいなのを知っちゃったからかな」

 少し前までは、男子からの告白は迷惑でしかなかった。いや、今でもその気は無いから迷惑は迷惑なんだけど。

 それでも、真摯に向き合うべきだとも思ったのだ。

 真剣に、誠実に。

 そらが礼儀であると、学んだから。

 いや、もしかしたら、それは。

(そうであって欲しいっていう……)

 願望かもしれない。

 やはり浮かぶのは星香の顔。

 何も無くていいから、何も持たなくていいから。彼女だけが側に居てくれれば、と。

 それが叶わないのなら、せめて。

 真剣に向き合った上で、私を否定して欲しい。

 そういう、願いだ。

「……」

 多分、溜息を吐いていた。

 呼吸に紛れ込ませたような、僅かな溜息。

 まだ自分は引きずっているのか、と。

 思わず自省していると、二人がやけに静かなことに気づいた。

「ん?どうしたの?」

 と、二人の顔を見る。

 どこか驚いたような、感心したような。そんな顔だ。

「いやー……。恋って人を成長させるんだなぁって思って」

「何その意味分かんないポエム」

 突然何を言い出したのか。いつもなら我関せずといった感じのマイペースな佐竹も、それに同調して頷いている。

「なんつーか、やっぱり最近の那月は変わったなぁって思ってさ」

「うん。前は顔が良いだけのおバカだったのに、今はなんていうか……怜悧な美人って感じ」

 なんだか佐竹にすごい暴言を言われた気がする。

 ——と、いうか。

「怜悧って、なに?」

「やっぱ、雰囲気だけだったわ」

 そして、おそらく褒めてくれたであろう部分は、速攻で撤回させられてしまった。


「でも、最近告白される回数が減ったのって、そういうのもあると思う」

「へ?」

「前まではさ、なんつーか、多分男子から軽そうな印象を受けてたんじゃ無いか?ノリが良いからってのもあるけど」

「えー?なに?尻軽ってこと?」

 それはちょっと聞き捨てならない。尻軽どころか、これまで恋人の一人も作ってこなかったんだけど?

「あくまで、印象の話だよ。ほら、那月って結構男女分け隔てなく接するからさ、そういう部分もあるって話。だけど、最近の那月は、一線引いてるっていうか」

「……そういう遊びで誰かと付き合いそうな軽さが無くなった感じ」

「……?」

 二人が何を言いたいのか分からないが、なんとなく言いたいことは分かる気がする。

 要するに、慰めてるつもりなんだろう。

 彼女達なりに、私を。

(ほんと、二人はお節介だなぁ)

 私はまだ星香から振られた、とも言ってないのに。

 でも、そういうところが。

 二人のそういうところが、私は好きだ。

「……ありがと」



 ◇


 なんとなく、家に真っ直ぐ帰りたくなくて。

 それでも、親友二人に気を遣わせたくもなくて。

 適当に辺りをブラブラした後、思い付きでなんとなく高台の方まで足を伸ばした。

 今年の正月は、短期バイトでここの神社で甘酒を作って参拝客に渡すバイトをしていた。巫女服を着ていると勘違いした紗夜先輩が私を見るなり露骨にガッカリしたのを思い出す。

 空気の澄んだ、冬の寒空の中。

 バイト終わりに見上げたここからの星空が、やけに綺麗だったのを覚えていた。


「……ふふん、こういう景色を見たくなる気分でしょ?」

 鳥居の前に、紗夜先輩が居た。

 私がここに来るのを予想していたのか、得意気な顔で持っていたスマホをポケットに仕舞い込みながら、私の方へと近づいてくる。

「紗夜先輩の言う通りになりましたよ。でも、私は全然悲しんでなんかないですから。残念でしたね」

「ウソが下手っぴだね、那月ちゃんは。こんな景色のいいところなんて、滅多に来ないくせに、ここに来た時点で分かっちゃうよ」

 言いながら、紗夜先輩を空を見上げた。釣られて、私も視線を移す。

 中学の文化祭で、お手製のプラネタリウムをクラスで作ったことがある。真面目な学級委員長の班は星図と睨めっこしながら真剣に、慎重に黒の模造紙に穴を開けていた。

 私といえば、沢山穴を開ければそれなりの夜空が出来上がると思って、適当に作ってしまった。

 その結果、とても夜空とはいえない何かが出来上がってしまって、学級委員長には呆れられてしまったのだが、

(……星が、沢山)

 あの時の私の開けた穴なんかよりもずっと多くの星が輝いているというのに、あの時の私の作ったプラネタリウムとは違って、綺麗な夜空として成立している。

 それが理不尽に思えたし、それが美しいのだとも思えた。


「でも、ウソついたのは私の方」

 しばらく見惚れていると、不意に紗夜先輩が小さく言う。

「え?」

「本当はさ、目を背けてたんだよ。星香は、私と違って繊細だから、私が守ってやらなきゃって。私がお姉ちゃんなんだから、私が先を歩かなきゃって」

 多分、私が楽しそうに見えるのは、そう見せたかったから。

 と、紗夜先輩は言う。

「ほら、あの子って結構ネガティブでしょ?だから、そんなことないって、思って欲しかった。世界は、人生は楽しいことだらけだよって、教えたかった。だから私は色んなことをしたんだ、色んなところに行ったんだ」

「紗夜先輩のそれが、例え星香のためだったとしても、世界が楽しいことだらけだって思えてる時点で、紗夜先輩は元々そういう人だったんですよ」

「アハハ!それはそうだよ、間違いない。でも、ウソっていうのは別のこと。星香はさ、私なんかよりずっと先を歩いてた。多分、それを知りたくなかった。だから、私は私に嘘をついていた。最初からこうだった私なんかよりも、自分で自分の嫌いな部分を変えようとしたあの子は、私なんかよりずっと先を歩いていた」

「紗夜先輩……」

 私は紗夜先輩が何を言いたいのか理解出来なくて、頭の悪い自分を恨めしく思ったし、情けないとも思った。

「なんてね!私のお姉ちゃんとしての役目はここまで!そして多分、那月ちゃんの先輩としての役目も、ね」

 言いながら、紗夜先輩は突然背を向けて歩き出した。

 いつの間にか、彼女はスマホを握っていて、チカチカと何かのメッセージを受信してのが遠目に見えた。

 紗夜先輩の意図が分からずその場で呆然としていると、誰かがこの高台の坂を走ってくる足音が聴こえる。

 不恰好なリズムは、その足音の主は運動が得意でいないことを雄弁に物語っている。

 だが、それでも力強く、一歩ずつ確実に。

 振り返ると、息を切らした星香が、そこにいた。


 高台にある夜半の神社の前。人の姿はひとつもなく、あるのは——

 星、月。

 そして、君だけだった。

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