第八話 パズル ①

 いつの間にか、姉は長い旅を終えて帰宅していた。

 日焼け止めを塗らなかったのか、身体中小麦色に焦がしている。肌の手入れとか考えてないのかな、と一瞬思ったが、姉はそういう部分への無頓着さというのがある。

 でも、必ずと言っていいほど、そういう無頓着さは彼女にとって何ら障害になり得ない。

 例えば、同世代の友人と比べてもメイクの知識に乏しい姉だが、ナチュラルメイクの方が自然で女性的で魅力な顔立ちになる。

 ファッションなんてもってのほかで、手頃さと値段だけが彼女の価値基準だが、量販店で一枚いくらで売ってる簡素でシンプルなTシャツでもスタイルが良いので見窄らしさというのは感じられない。

 一方で、私と言えば、ちんちくりんな体型なので、クールでかっこいいブランドものを試着しても真矢の爆笑が見られだけだ。

 羨ましいけど、

(それ以上に、持って生まれた長所に固執しないところが)

 嫌いとかそういうことじゃなくて、なんとなく、自分を惨めにさせる。

 その思考そのものが惨めなんだけど。


 こんがり焼けた日焼け姿の姉を見て、そんなところまで思考がいってしまう自分が少し可笑しくて、ちょっと笑う。

「ん?なんかちょっと星香変わった?」

 私の笑みの意味すら知らない姉は、私の顔を覗き込んだ。

「変わった——か、分からないけど。バイト、始めたんだ」

「えっ!?ほんと?どこで?何それ、お姉ちゃん聞いてないよ!」

「だって、帰ってこなかったじゃん。喫茶店でさ。佐竹先輩の実家なの」

「……あー、佐竹ちゃんのとこかぁ。へぇ……」

 と、何か得心がいったように頷く。

「知ってるんだ」

「そりゃあ、私の大好きな那月ちゃんの友達だもん。勿論、遊びに行ったこともあるよ」

 那月先輩のどこがそんなに姉の興味を引くのかは知らないが、なぜか姉は那月先輩がお気に入りだ。

「で、那月ちゃんとは仲良くやってる?」

「……?何で那月先輩?」

 と、突然の問いかけに不審がって訊き返すと姉は私のそんな反応を意外そうに眺める。

「え?マジか……。ハッパかけたのに、まだ何のアクションもしてないの?」

「……お姉ちゃん、なんか悪巧みしてない?」

「ん?いやー何でもない。あ、そうだ、久しぶりに那月ちゃんに会いに行くけど、星香も来るでしょ?」

 別に私はどっちでもいいけど。

 と、私が答える間も無く、素早い操作で姉はスマホで那月先輩に電話していた。


「——うん。今から行くから。あ、買い物中?場所送ってよ、行くからさ。うん、勿論星香もいるよ」

 相手の用事など関係なく、一方的に約束を取り付けたらしい姉はにこやかにスマホを閉じると、何に急かされてるのか、と問いたくなる程に私の手を取って玄関へと向かった。


 ◇


 那月先輩は佐竹先輩と保科先輩の三人で買い物していたらしい。

 本当仲がいいなぁ。

 ちょっと早いけど、もう夏服を揃え始めているようで、三人ともショップ袋を手にしていて私達を待っていた。

 三人ともジャンルは違うけど、いつもオシャレだし、どんな服を買ったのか見てみたいと思いながら、挨拶を交わす。

「紗夜先輩、久しぶりです。随分焼けましたね」

「ダイバーの資格を取った私は、もうほぼ沖縄人だよ」

「沖縄人って……普通うちなんちゅ、とか言いません?」

「ニワカだからね!殆ど海で練習してたから観光もしてないんだよ?それよりさ、佐竹ちゃん、星香はバイト先でどんな感じかな?」

「……んー。結構覚えるの早いですし、仕事も丁寧ですよ。紗夜先輩が前に一日だけウチでバイトしてた時よりは、お客さんと話し込んで仕事してくれなかったから、それよりは」

 あ、お姉ちゃんもあそこでバイトしたことあるんだ。

 と、思うのと同時に姉の失態を聞かされて少し恥ずかしい。

「接客に天性の才があり過ぎるせいで『接客業』は向いてないんですよね、紗夜先輩は」

 那月先輩は苦笑しながら言う。その言葉に嫌味は無い。欠点すらも、そうやって好意的に捉えられる姉はやはり特別な人間なのかもしれない。

「立ち話も何だし、どっか座れるところ行こうか」

 最年長らしく姉にしては珍しく気の利いた提案をすると、特に異論も無く目についた喫茶店に入ることにした。


「……」

 その移動中。

 私は佐竹先輩と保科先輩の二人と、なんてことない雑談を交わしていたが、ちらりと少し後ろを歩く姉と那月先輩を見る。

 二人ともいつもは結構騒がしいタイプの人間なのに、妙に静かなのが気になったからだ。

 二人はポツポツと。

 なにか言葉を交わしている様子ではあるが、楽し気な話ではないようだ。

 それどころか。

(那月先輩……ちょっと、不機嫌そう?)

 喧嘩、という訳じゃなさそうだけど。


(姉に似てない、私が好き、か)

 あの時の言葉に、果たして深い意味があったのだろうか。

 あれはただの慰め以外に何か意味が込められていたのだろうか。


 なんてことを今更、考えてしまった。

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