第二話 苦手なヒト ①
嫌い、という訳じゃない。むしろ、大好きだ。
けれど、苦手というのは当然ある。
何というか、苦手意識を持ってしまうことすら、心苦しい部分もあって。好きなんだけど、そういう色々なことをひっくるめると、総合して一緒に居たくは無い。
そういうのが私にとっての姉という存在だ。妹ということで、彼女は私を可愛がってくれるし、多分愛してもくれている。
でも、もし私が妹じゃなかったのなら私になんか見向きもしないのだろうなぁ、という思いもあって。当然、私にとっても彼女が姉では無かったら、好きという気持ちは消え失せて、苦手意識だけが残っているのだろう。
そう思うと姉妹というのは不思議だ。無条件に、いや、無鉄砲に繋がりを作ってしまう。
口が裂けても姉本人に「苦手」だなんて言えないけど、きっと幼馴染の真矢は私のそんな機微を察している。
そうじゃないと、いきなり私達の教室にやって来て、私の手を引っ張ってどこかへと連れて行く姉の姿を見て、あんな風に苦笑なんてしないだろう。
「さ、行こう。星香」
「行く……って、どこに?」
私の手を引っ張ってズンズン歩く姉。
彼女にとってその行為は、妹を引っ張るというよりも姉妹仲睦まじく手を繋いで歩いている、という行為に感じているらしい。
昔からそうだった。引っ込み思案な私を、姉は無理矢理連れ出しては色々なところへと連れて行った。
その姉なりの気遣いに助けられたことも多いが、困らされたことも多い。
今回もその類だろう。
内心溜息を吐きながらも、階段を上がる姉に向かって行き先を訊いてみる。
「ふふん。私の可愛い後輩に星香を紹介しようと思ってね」
後輩?
部活としていない姉に、後輩なんていう言葉で表現できる人が居るのだろうか。
まぁ、でも。姉のことだし、お気に入りの下級生の一人や二人、部活をしていなくても出来ているか。
真矢に付き合って一応中学はテニス部に所属していた私すら、特別仲の良い後輩なんて居なかったというのに。
その姉妹の対比に、少しばかり苦笑してしまう。
「ちょっとここで待っててねー」
姉は二年の教室の前に私を放置すると、我が物顔で教室内へと歩いて行く。
やっぱり姉は高校でも有名らしい。道行く人々が、姉に手を引かれてここまで来た私を物珍しそうに見ている。
もうこの時点で帰りたくなって来たが、二年の教室に入って直ぐに大声で話し始めた姉は教室中の耳目を一身に集めている。こんな中で紹介なんてされたら、私まで目立ってしまうのでは。
(う……緊張して吐きそう)
人の注目を集めるのは昔から苦手だ。真矢によく冗談で内弁慶なんて呼ばれるけど、身内に対して強く出られるという訳じゃなくて、外の私が貧弱過ぎるだけなのだ。
そっと教室を覗き込むと、姉はすっかり話し込んでいる。
顔はよく見えないけど、姉は一人の女生徒に抱きついているのが見えた。
(うわー。かなりウザ絡みしてる…)
アレで嫌われないのだから、姉はかなり人たらしの存在なのだろう。ウザがられても嫌がられても、最終的には嫌われることなく、寧ろ多少の好意すら抱かせてしまう。
羨ましい、と。何度思ったことか。
そして、凡愚な自分を何度恨んだことか。
また、溜息が出そうになる。
それでも、少しは私も大人になったもので。姉という存在は、私が羨んでも仕方の無いものだ。そう割り切れただけで、大きな成長と言えるだろう。
その時、
「ビビってないで出てきなよ、星香!」と、姉が大きな声で私を呼んだ。
ニコニコとした笑顔を浮かべて、心の底から私を想ってのことだと信じて疑わない風に。
私はあと何度この姉に振り回されるのだろう。ここまでされて姉という人を嫌いになれない、姉妹というのは絆はどれだけ厄介なものなのだろう、と。
そんなことを思いながら、おずおずと教室へと入って行く。
教室中の視線が突き刺さる。当然、それは分かるし、分かり過ぎてしまう。
必要無く胃がキリキリとしてくる。
顔を上げると、姉の近くにはお昼休みに食堂であった佐竹さんと保科さんがいる。知っている顔があって少しホッとする。
視線を動かして、姉が抱きついていた女性の顔を見る。
以前入学前にこの学校へとやって来た時に見た人だった。美醜の感覚が人によって変わると言っても、世間一般で美人という評価基準を作るのなら確実にその評価を満たすような顔。
毒を持つ生物がその危険性を誇示する為に警告色を持つように、きっと人種年齢性別問わずに、誰しも共通して美人だと思わせる顔立ち。
無意識に視線を奪ってしまう。
佇まいすら、精練されているように見えてしまう。
——こういう人は、昔から苦手だ。
羨ましく思ってしまうから。
私の不出来さを一層際立たせてしまうから。
「あ……、あの。私、黒江那月っていうの。よろしくね、星香」
——どこかぎこちない口調で黒江那月と名乗る上級生は笑顔を浮かべた。
ふわり、と。
私の感じ取った苦手意識すらも取り払ってしまえそうな程の威力のある笑顔は、一層私を警戒させた。
やっぱり、私の苦手なタイプの人だ。
だって、こういう人は眩しくて、見ていられないのだから。
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