プロローグ その2
普通。
人生で何度この言葉を言われただろう。
何度この言葉に救われただろう。
普通を演じて、普通でないことを隠して生きて来て、そしてやがて普通に至った。
幼い頃、私が普通ではないことをする度に両親は私に失望した。普通の子供がしないことをしてしまうからだ。
ああ、普通じゃないとダメなんだ、と。私は悟り、普通を心がけるようになったのは小学生になった辺りだろうか。
普通以上になる事を人は努力と呼ぶのだけど、私にとっては普通になることこそが、努力と呼ぶのだった。
「ま、私はダメな子って訳」
「何よ急に自虐的になって」
幼馴染の畑中真矢が私の言葉に呆れるように反応する。
「沙夜姉からの呼び出しでしょ?何で私まで」
「だから、私がダメな子だから、ついて来てほしいの?分かる?」
「何で私が物分かり悪いみたいな扱いなのよ……。ま、確かに人見知り、ビビり、小心者の三重苦の星香じゃ、高校に一人で行くのは無理か」
酷い言われようだ。幼馴染だというのに情はないのだろうか。
まぁでも、こうして冗談を言えるのも、姉と幼馴染の真矢の前だけだ。真矢も言葉は刺々しいが、優しい事をよく知っている。
と、いうか。
優しくなけりゃ、私の受験勉強にあそこまで付き合ってくれないよねぇ。
そう、模試判定がギリギリだった私は、真矢に泣きついて受験直前まで勉強を見てもらってたりする。
文句を言いながらも付き合いが良いのが真矢のいいところだ。
「それにしても、星香。アンタ本当に背ェ伸びないわね。制服着てなきゃ小学生に間違われるんじゃない?」
「今更そんなこと言う?」
「いやー高校の前でアンタを見ると改めて、ね」
と言われて、視線を上げる。
いつの間にか、姉から呼び出された——ついでに来月から私の通うことになる——市立照葉高校の門前に辿り着いていた。
門扉から昇降口までの僅かな距離の間には、グラウンドまで続く道が伸びていて、少し低い位置にあるグラウンドは門の外からでも一望できた。
「あ!」
と、真矢は大きな声を出す。
「えっ!?な、なになに?」
「ほら!あのグラウンドの奥!あれ、テニスコートじゃない?しかも、今練習してる!」
「え?あー……うん、遠くてよく見えないけど」
興奮した様子の真矢のに嫌な予感を感じて、私は彼女の裾を掴もうと腕を伸ばす。
が、動き出した彼女はそれをものともせず走り出してしまった。
「ちょっと見学してくるー!ついでに練習も参加してくるー!」
テニス狂いの真矢は、当然のように高校でもテニス部に入るつもりのようで、練習をしていると見るや否や全力疾走でグラウンドを横切って行ってしまった。
「ちょっ……待ってよー!真矢!一人じゃやばいってー!」
と叫んでみるが、最早彼女には届いていない。それどころか、周囲の在校生がそんな私の様子をクスクスと笑いながら見ていることに気づいた。
心細さと不安と情け無さでもう半泣き状態だ。
(と、取り敢えずお姉ちゃんに会わないと)
お姉ちゃんは受験を合格したことへのお祝いと気遣いを兼ねて入学前に見学の機会を与えてくれたんだろうけど……。
正直言って、有難迷惑以外の何者でも無い。
まぁ、お姉ちゃんは空気が読めないから、今更そんな事を言っても詮無いことなんだけど。それに一応、私の事を想ってくれてのことだし。
と、自分を奮い立たせて、昇降口へと向かう。
姉は入り口で待っているものだと思っていた。
だが、何処にもその姿は見えず、ピロリン、とスマホが通知音を鳴らした。
『2年3組の教室で待ってるよ。あ、分からなかったらその辺の人に聞いてね』。
と、実に無責任なメッセージである。
あの人は自分の妹が人見知りで小心者である事を忘れたのだろうか。
そもそも、人見知りという言葉を理解していない可能性もある。
(お姉ちゃんは私と真反対だからなぁ……)
しかし、そうなると周りの人に聞くしか無い。二、三人生徒が通り過ぎたが、私の予想を遥かに超えて高校生というのは大人っぽく、背も高い。あわあわしている内に、何も聞けずに通り過ぎて行ってしまう。
そんな時、「どうしたの?」と、声をかけられ私は慌てて言い訳のように言葉を捲し立てた。
「えっ!?あ、あのー、こっ、今年入学予定なんですけど……、その、学校見学がてら迎えに来いってお姉ちゃんに言われて……。2年生の教室に」
我ながら酷い慌てぶりだ。情けない。
だが、私に声を掛けてくれた茶髪の先輩は、丁寧に「この階段を登った先だよ、あ、3階ね」と教えてくれた。
「あっ、ありがとうございます!」
「うん、頑張ってねー」
手をヒラヒラさせて、そんな言葉を投げてくれた茶髪先輩に感謝しつつ私は大急ぎで階段を登る。
その時、茶髪先輩の友人と思しき人の横を通り過ぎた。
(うわーすっごい美人な人)
僅かな時間しか彼女を見なかったというのに、その僅かさの中でもそんな判断が瞬時に下せる程度には、目立つ美貌を持っていた。
きっと、私なんかとは比べものにならないくらいに[普通以上]なんだろうなぁ。
なんて、思いながらお姉ちゃんの待つ教室へと急いだ。
きっと、普通すら難しい私にとって、人並み以上の彼女は一生縁の無い人種なんだろうなぁ。
と、僻みとも諦めとも言えない感想を抱きながら。
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