第2話 「昔むかし」のいま昔

 本稿では「昔むかし」について取り上げる。「昔むかし」とは、わが国で古来より(!)使われてきた、物語冒頭に使われる常套句である(注…最古の物語と言われる「竹取物語」の冒頭が「いまは昔」である)。その意味するところはもちろん「これは昔の話ですよ」という前提条件の提示だ。この前提条件のおかげで、その物語世界においては、いかなる荒唐無稽も常識外れも無法狼藉も許されるのである(注…これらの要素なくして物語は展開し得ない場合が多い。または展開し得たとして、何の面白みもないものに仕上がる可能性が非常に高い。そのような物語はもちろん現代まで伝わる訳がない)。

 しかし、常套句は使い古されるものである。言葉というものが日々新陳代謝を繰り返し変化し続ける生き物である以上、使い古された常套句が別のものに変わってゆくのは、至極当然のことと言えよう(注…現代における言葉の新陳代謝は非常にサイクルが早い。昨日の新語が今日の死語であることも珍しくはない)(注…死語という言葉は「使われなくなった言葉」を意味する)。「昔むかし」も、わが国最古の物語から使われていた由緒正しい常套句ではあったが、いや、あったがゆえにと言うべきか、現代までに何度か消滅の憂き目に遭いかけてきた(注…とは言え、それも本当に最近、2100年代に入ってからのことである)。だがその度に「昔むかし」復古ブームとでも言うべき波が訪れて、常套句としての立ち位置を守ってきたのである。

 現在、2105年の第一次から数えて第四次となる「昔むかし」復古ブームが巻き起こっている(注…第二次は2115年、第三次は2125年)。皆さんも久々に、小さいころ母から聞いた(注…ここでいう「母」とは無論、我々を産み育て、まさに今も我々の成長を見守ってくれている人工知能『世界の母』のことである)物語を思い起こしてみてはいかがだろう。

 昔むかし人々は、今となっては危険極まりない山や海、川へと繰り出し、今となっては夢幻でしかないような、豊かな生活をしていたのである。



お題「昔むかし」

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