フィッシュランドの便り

雛形 絢尊

第1話

今年も不漁だ。そう感じたのはその時だ。

海の奥深くまで沈めた灰色の網を

思い切り持ち上げる。

どこかから流れ着いた空き瓶、缶、釣り糸、

魚は1匹も釣れていない。

例年通りの様子だ。

ケビンがこちらへ寄ってくる。

「おう、ワイズマン、今日は天気がいいな」

確かに快晴、雲ひとつない空だ。

ケビンは網の中身を見て嘆く。

「あちゃー、それはそうか」

「いつも通り、いつも通りだ」

紐を手繰り寄せながらワイズマンは言う。

「何年食べてないか、魚なんて」

彼は煙草に火をつけた。吐き出す煙。

「どんな味かすらも忘れたよ」

ここはフィッシュランド。

漁港で有名であったが、

ある時を境に魚が獲れなくなった。

ここはフィッシュランド。

魚の獲れないある島の話。


調理台の上から重たい叩く音が聞こえる。

何度も何度も叩きつける。

「こうして、何度も叩きつけて、こう何度もだ」

彼はジャガモンド。猟を生業としている。

今朝、捕まえた鹿を捌く所だった。

「ジャガモンド、

ちょっと俺には刺激が強いよ」

彼は鋭利な刃物で鹿の体に突き立てる。

「あとで、お前んとこの玄関に

置いとくからよ、新鮮なうちに頂けよ」

そう言ってジャガモンドは

命と向き合っている。

目を伏せ、街に繰り出そうとすると、

前から聞き覚えのある声が、エリーナだ。

「あら、ワイズマン、

どうしたのそんな浮かない顔して」

首を振った。

「俺にはまだ慣れない」

エリーナは音で分かった。

「確かに刺激的だね」

続けてエリーナはこう話した。

「町役場で市長の演説会があって、

私行ってきたの」

「どうだった?」

「暫く、渡航はできないままだって」

「もう2年半もそんな感じだね」

「本当困るわね」

話を変えるようにエリーナは問う。

「やっぱり、まだ獲れない?魚?」

口をへの字にしてワイズマンは言う。

「んー。やっぱりだめだね」

「そうなのね、肉ばかりで飽きちゃうわよね」

ぽつりと雨粒が手のひらに落ちた。

「あらワイズマン、帰らなきゃだわ」

「急いで帰ろう」

互い違いに家路に向かう中、

1人の声が私を呼び止めた。

雨は次第に降り始める。

「ワイズマンくんかね」

郵便配達員だった。小柄な髭を生やした男性。

「はい、そうですけど」

「君宛に、手紙が」

身に覚えがない。

彼は駆け寄ってきて、

雨で濡れた茶封筒を渡した。

表面には何も書いていない。

裏面も書いていない。一体誰が?と

駆られるようにその封筒を開けた。

最後にはシャルと書かれている。

知り合いではない。

人違いではないかと、本文に目をやると、


"ワイズマンさん、

あなたが漁師の息子なのは知っております。

この島のどこかに私は隠れているので、

わたしをみつけてください。

その報酬として、豊漁を約束します。

お返事は結構です。私を探してください。

                シャルより"


確かに仕事を畳まなければいけないほど、

悩まされてはいた。父と相談し、

それは免れたいと話をしていたが、

そんなことがあるのだろうか。

この島の大きさはさほど大きくはない。

歩いて島の周りを一周して

3時間ほどの大きさだ。

人口は3,500人ほど。

私は"シャル"を見つけることができるのか。

見つけることができたとしても、

魚を収穫することができるのだろうか。

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