第11話「リコーダーを使ってくれ!!」
「おはよう堀田くん。」
ボフツ
「うは!?」
朝の登校時間
教室を出た瞬間、堀田は突然脇腹にタックルをうけた。
廊下を歩く桜谷の隣にいた君野が突然脇腹に抱きついてきたのだ。
堀田はその君野の〝じゃれ〟にとんでもなく間抜けな声を出してしまった。
「な、なんだよ!!くっつくなよ!うっとうしいな!」
と、ツンデレを見せるが君野にはお見通しだ。
「えへへ。おはよう。」
「お、おはよう!」
堀田は顔が真っ赤になっている。なぜか右手を挙動不審に前に出して挨拶していた。
俺はブラコンだ俺はブラコンだ俺はブラコンだ俺はブラコンだ…
堀田の脳みそは真っ赤なランプがくるくると周り、君野のなんてことない無邪気な行動にトキメキを整理する。
かわいいかよ…!!
いや、弟として!弟として!!
頬をパチパチと叩き、体制を整えた。
その様子に、隣の桜谷は冷ややかな目で見ている。
「どうしたの?嫌だった?」
君野が小首をかしげる。
「嫌じゃない!いや…なんでもない!それよりお前、今日リコーダー持ってきたか?」
「え?…あ!」
その言葉に君野は途端に頭を抱えた。
音楽の時間、君野やリコーダーをテストをクリアできていない一部の生徒、学校を一週間も休んだ桜谷は今日音楽の先生に課題曲を目の前で演奏するテストがあるのだ。
「君野くん、リコーダーを持って帰ってたの?」
桜谷もまさか、リコーダーを持って帰っていたなんて思いもよらなかったという反応をした。
「堀田くん、リコーダー貸して。」
「へ!?…お、おう!」
堀田はその言葉にドキッとする。いや…昨日の今日で!?
と、なにか意味深に考えた。
しかしその感情にまた蓋をする。
「君野くん、私のを使うといいわ。テストは一人一人先生の前でだったはずよね。」
すかさず桜谷が割って入る。
今の状況でリコーダーを使わせるなんてたまったもんじゃない。
君野くんの肌に触れられるのも嫌なのに、唾液なんて!!
偶然にも、堀田もそう考えている。
「いや!俺のを使え!俺のリコーダーなら音階のガイドがついているし、シールだって、それぞれのシールの色を変えて指でタッチしても音階のガイドが見えなくなったしな!お前に使ってほしい!」
「ふん、君野くんは幼稚園児だと思ってるの?バカにしすぎじゃない。あの音楽の先生がそんな不正許すと思う?外されて演奏できなかった時を考えてないの?」
「なんだと!それでも何もできないよりは一生懸命ってできるならそれでいいだろ!先生だってここまでやった努力を認めてくれるかもしれないって思えないのかよ!」
「待ってふたりとも!そんな喧嘩しないで。僕が持ってこなかったのが悪いんだよね…。」
2人が揉めてしまう様子にしゅんっと落ち込む君野。
しょうもない夫婦のような喧嘩がそこで一旦止まる。
「…あの、いい提案があるの。」
そして少し落ち込んだ君野が顔を上げてそう伝える。
「「提案?」」
堀田と桜谷がそう返すと
君野は再びニコッと2人に笑いかけた。
「うん!だからテスト前に2つ分貸して。」
「なにするんだ?」
堀田はそう聞き返すと
「なーいしょ。」
となぜか右に体を傾けおちゃめに手を耳につけ猫耳にしてとぼける。
「可愛…エウウン!。」
堀田が思わず言いかけて大きく咳払いをする。
「でもありがとう堀田くん。よく授業前に教えてくれたよね。」
「ああ、だってお前の手の甲にそう書いてあるから。」
と、桜谷と君野が堀田が指さした君野の手の甲を見る。
2人には太い黒いミミズにしか見えない。
「え?読めるのコレ!僕、自分で書いててこれなんだっけ?と思ってたんだよね。」
「お前の字、勉強したからな。」
「「え?」」
君野と桜谷がその言葉に思わずきょとんとする。
「僕の汚い字を勉強したの?!それで読めるようになるんだ!すごい!」
と、君野がお腹を抱えてケラケラと笑う。
「別にたいしたことじゃない。ずっとみてたらわかるようになった。」
「僕ずっとみててもわからないよ!さすが僕のお兄ちゃんだね!」
「…。」
そんな目の前の盛り上がりに桜谷は危惧している。
こいつはナチュラルに変態だ。
勉強しても1番、走っても1番、図画工作でもたまたま作ったものが賞を取るなどなんでもできるが
まさか、君野くんに対しても、こんな風に能力を発揮するなんて…
これらの優れた能力に、本人が天狗にならず、自覚がないのもムカつく。
君野くんが小テストの成績が少し上がっていたのも…
私がつきっきりではなしえなかった歴代最高点だった。
と、堀田のチート能力に悔しそうに歯を食いしばり震えている。
どうみたってあんなの黒いミミズにしかみえない!
君野もまたその堀田のチート能力に会話を盛り上げてしまうのだ。
「ねえねえ!休み時間僕の字クイズしていい!?」
と、君野が堀田の腕にくっついて園児のようにぴょんぴょんとその場で飛んでいる。
「ああ。やってみるか!」
「桜谷さんも参加して!」
「私が?」
「だって!僕の汚い字だけか検証してみたいんだ!」
「言っただろ俺は勉強したんだ。君野以外の字を覚えようという気概がない。」
「君野くん、私は字を汚く書く予定はないわ。堀田くんも君野くんの字が汚いまま恥ずかしい思いをすればいいってこと?あまりよくないわ。」
と、桜谷は小言のうるさい人になるしかない。
それを自覚しながらも思わず二人の仲を裂かなければいけない。
「喧嘩しないで!」
君野はそう叫んだ。
「僕トイレ行ってくる…それまでに仲直りして!」
タタタタ
と君野はそのままトイレに走ってしまった。
「ふふ。あなたは私と同じね。」
桜谷はそう堀田に不気味に笑う。
「どういう意味だ。お前と一緒にするな。」
「君野くんには狂気的になれるって所が。でも、残念だけど君野くんは私のことが好き。堀田くんは私たち以上の関係にはなれないわ。」
桜谷はそう自信満々に挑発する。
「なあ、ずっと気になってたんだが、先々週の金曜、なんで君野をビンタしてたんだ?今のところあいつがビンタされるようなこと何もしてないだろ。」
と、桜谷が一週間病欠でいなくなる直前の出来事を伝えた。
「私の思い通りにならなかったから。」
「思い通りって!君野をなんだと思ってるんだ!まさか、まだそんな酷い暴力ふるってないだろうな?」
「君野くんをみてわからない?誰が見ても彼は私が好きなの。本人にも聞いてみたらいいんじゃない?」
「っ…。」
堀田も不思議に思っている。
健忘症で彼女の桜谷のことを忘れてしまうのに、今日の朝もまた桜谷と仲睦まじく一緒にいる。
2人を傍観していると本当にいつも付き合いたてのカップルのようだ。
君野がビンタされたのを忘れているのは、そんなもの、実際大したことがないのか?
あいつのことだから桜谷の裏の顔がわからないのかもしれない。
ビンタされたことをそもそも覚えてないなんて言われてしまったから、桜谷のヤバさを伝えることができず、君野にはむしろ俺がめっちゃ陰口叩く奴と思われるかもしれない。
なんてもどかしいんだ!
「私をやばいやつって言う?愛してる恋人に対してそんなこと言うなんて…どっちがヤバいやつに思われるかしらね。」
堀田がわかりやすく唇を噛んで悔しがる。
それに桜谷が微笑する。
ふふ。効果てきめんね。
呪いのキスの存在を知らないから、まさかそのビンタもなかったことにされてるなんて。
君野くんが私と今日また初めましてで出会って浮かれて付き合いたてのテンションなのも
全部、堀田くんから見たら常にラブラブに見える。
そう、この付き合いたてのテンションを維持できていれば彼は手出しができないはず。君野くんは私の本性など知ることもできない。
堀田くんが君野くんに突飛なチートを持っていたとしても
私の呪いのキスにはかなうはずがない…!!
「あれ!?ここどこだっけ!?」
遠くからトイレから出てきて居場所をド忘れしている君野の声が。
堀田と桜谷はそれがスターターピストルのように、全力で走って君野の元へダッシュで駆けつけた。
3時間目
ついに音楽の時間がやってきた。
音楽室にやってきた1年2組。座った場所は机とピアノが一緒になっていてフタを開けるとピアノが弾けるようになっている。
人数分あり、皆が思い思いに弾いているために集中をしないとピアノ初心者には環境は厳しい。
長い黒髪の若い音楽の先生はまたテストを出す。
今度はピアノで童謡を弾けるようにならなければいけないのだ。
しかし今先生はリコーダーテストに合格していない生徒につきっきり。
一人一人呼ばれて先生の前でリコーダーをふく。
暗記して完璧に演奏できればA
カンニングして演奏できればB
などとランク付けする。
桜谷が先にリコーダーテストをしたが難なくクリアしA判定だろう。
桜谷が戻ると、いつ呼ばれるのかと緊張している君野が隣りにいる。
そして、彼女が使ったばかりのリコーダーを受け取る。
堀田のリコーダーと桜谷のリコーダーを手元にもっているが、
遠くにいる堀田も君野はそれをどうするのかと見つめている。
キュポ
と、突然君野が2本のリコーダーを解体し始める。
堀田の作ってくれた指の位置をナビできる方と、さきほど桜谷がふいていた口を付ける部分を連結したのだ。
「これでいいでしょ。」
君野はそう、リコーダーを親指と人差指で軽く振って桜谷に向けてニコっと笑う。
「その発想はなかった…」
「君野くん!」
「はい!」
先生に呼ばれた君野は和やかな雰囲気から一転し、緊張感いっぱいに音楽の教科書とハイブリットなカンニングリコーダーを持って前へ。
「君野くん、これ自分でやったの?」
「え!?あ、はい…。」
音楽の先生は君野の色とりどりのシールに興味津々。
人のリコーダーを使ってることがバレないようにと、とっさに君野は嘘をついた。
「そこまでして頑張ろうって思ったんだね。できない子は開き直ってやらないけど、先生、感動しちゃう。」
「はい!ありがとうございます!!」
まさか、堀田のつくったナビはいい方向に働いた。
君野はその言葉に押されるようになんとか演奏を終えた。
「やったわね!」
桜谷がガッツポーズをする。
「うん!先生、僕がコレ作ったものだと思ってたけど、頑張ってるねって褒めてくれたんだ。すごく嬉しい!」
「ふふ。」
純粋に君野くんが何かを成し遂げて喜んでいるのは嬉しい。
「どうだった?」
すると、堀田がするすると忍者のように、姿勢を低くして2人のもとにやってきた。
「ちゃんとできたよ!ねえみて堀田くん!」
「お?俺の使ったのか?」
「違うよ!堀田くんと桜谷さんのリコーダーを連結したんだ。コレなら文句ないでしょ?」
「ああ!なるほどな!お前頭いいな。」
と甘やかして君野を撫でる堀田。
その手に君野は猫のように。飼い主の手かのように頭をグリグリと押し付ける。
「ふたりともありがとう。洗って返すね。」
「「いや大丈夫。」」
桜谷と堀田の言葉がかぶる。
2人は顔を見合わせ一瞬だけ睨み合う。
君野はそれを聞いて2人のリコーダーをもとに戻す。
「本当にありがとう2人とも。大好きだよ。」
と真っ直ぐな愛情表現に2人はキュンキュンとしていた。
「はい!みなさん!一旦ストップ!」
音楽の先生が手を2回叩いてピアノの演奏をやめるようにそうアクションした。
堀田はそそくさとリコーダを手に持ち戻っていく。
「…。」
無事にバレずに席につくと、堀田はそのリコーダーを眺める。
そうか、口をつけ方は桜谷の方だったのか…
などと落胆していた。
いや、俺が一生懸命作ったガイドが役に立ったのは純粋に嬉しい。
嬉しいが…
「よかったな堀田。君野、うまくリコーダーできてたじゃないか。一生懸命シール貼った甲斐があったな。」
隣の藤井がそう声をかけてくれた
しかし堀田は何故か少し悔しげだ。
「なんだろうな…勝負には勝ったが試合に負けた感…。」
「ん?」
「いや、なんでもない…。」
力の入ってない手から裸のリコーダーが机の上でゴロゴロと転がる。
そっか、そうだよな。桜谷は恋人で俺は兄だもの。そら、彼女選ぶよな…
堀田はそうぐるぐるしている。
果たして自分の気持ちはどっちにあるのか
下心なんて抱きたくない。そんなの兄失格だ!
でもやっぱり、悔しい!
と、安定しないアナログの体重計の針のように心は揺れていた。
続く
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