採鹹編

後異世界の塩事情◆前編

ある日うっかり「採鹹さいかんネタ」が降りてきまして、少し練ってみたら一章分、三本分の内容が確保できたので書いてみました。



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採鹹さいかん」と「煎熬せんごう」は製塩の華。


 より塩分濃度の高い水、鹹水かんすいを作り出す「採鹹さいかん」と、その鹹水かんすいを煮詰めて塩を採り出す煎熬せんごうさえがっちり押さえておけば、素敵な製塩ライフを満喫できるに違いないということで。まずはこの世界のそれらについておさらいしておきたいと思います。



 なお、「煎熬せんごう」については別立てで詳しくやる予定がないので、結晶化の順と特徴、鹹水かんすいの状態などを、先にこの場で軽く押さえ直しておきましょう。


1.硫酸カルシウム(CaSO4。析出量第2位。石膏の主成分。いったん結晶化すると水に溶けにくいため、析出すると鹹水かんすいが白く濁って見える。水には溶けず胃酸にも溶けず、食べても意味がないので基本除去する。これにより海水中にカルシウムイオンはほとんど残らない(組み合わせとしては塩化カルシウムという可能性も考えたくなるところだが、現実には析出しないとされている)。塩分濃度3.5パーセント程度の海水基準で言うと、硫酸カルシウム濃度は0.14パーセントなので、100度なら元の海水のだいたい七割程度になったところで飽和水溶液(硫酸カルシウム濃度0.2パーセント)となり、析出が始まることになる(沸点上昇のため、実際の沸点は110度程度)。)

2.塩化ナトリウム(Nacl。析出量第1位。これこそまさに本命の塩! 塩分濃度3.5パーセント程度の海水基準で言うと、塩化ナトリウム濃度は2.73パーセントなので、100度なら元の海水のだいたい一割程度の量になったところで飽和水溶液(塩化ナトリウム濃度28.05パーセント)となり、析出が始まる(沸点上昇のため、実際の沸点は110度程度)。)

3.塩化マグネシウム(MgCl2。析出量第3位。苦汁ニガリの主成分の一。塩分濃度3.5パーセント程度の海水基準で言うと、塩化マグネシウム濃度は0.34パーセントなので、100度なら元の海水のだいたい0.8パーセント程度になったところで飽和水溶液(塩化マグネシウム濃度42.3パーセント)となり、析出が始まる(沸点上昇のため、実際の沸点は110度程度)。)

4.硫酸マグネシウム(MgSO4。析出量第4位。苦汁ニガリの成分の一。入浴剤の有効成分。塩分濃度3.5パーセント程度の海水基準で言うと、硫酸マグネシウム濃度は0.21パーセントなので、100度なら元の海水のだいたい0.6パーセント程度になったところで飽和水溶液(硫酸マグネシウム濃度33.51パーセント)となり、析出が始まる(沸点上昇のため、実際の沸点は110度程度)。)

5.塩化カリウム(KCl。析出量第5位。苦汁ニガリの成分の一。アメリカでは死刑執行時に、心停止を目的として使用。塩分濃度3.5パーセント程度の海水基準で言うと、塩化カリウム濃度は0.07パーセントなので、100度なら元の海水のだいたい0.2パーセント程度になったところで飽和水溶液(塩化カリウム濃度36.02パーセント)となり、析出が始まる(沸点上昇のため、実際の沸点は110度程度)。)


 煎熬せんごう煎熬せんごうで創意工夫の余地が残された工程だとは思いますが、ひとまずこの世界で海水から水分を除去しながら製塩する場合、以下2点(プラス1)を押さえておけば良いかと思います。


1.鹹水かんすいから灰汁あくのごとく湧き出す石膏分を取り除こう。

2.煮詰めすぎず、ほどほどで切り上げて苦汁ニガリ切りをしよう。

3.塩の結晶にこびりついてしまった石膏分や苦汁ニガリ成分をどうにかしたい時は、飽和食塩水で洗浄してみよう。苦汁ニガリ成分だけをどうにかしたい時は、遠心分離機もアリ。


 飽和食塩水は、水に限界まで食塩を溶かしきった食塩水のことで、当然のことながらこれに塩化ナトリウムの結晶を浸けたとしても、結晶が溶けてしまうことはありません。



 では本題の「採鹹さいかん」です。

 要はいかにして人は海水を鹹水かんすい化したか。いかにして塩分濃度(塩類の濃度)を上げようとしたか。その試行錯誤がそのまま、海水からの製塩の歴史になっていると言えるかと思います。ちなみにこの文章内におけるオススメ度は、あくまでも異世界に持ち込んだと仮定した時のものですので、その点ご了承ください。


 合言葉は「目指せ十倍!(今決めた)」。


 塩化ナトリウム濃度が2.73パーセントの海水を、採鹹さいかんだけで十倍の濃さにできたら27.3パーセントになる訳で。これって75度くらいの時の塩化ナトリウムの飽和水溶液濃度ですからね。ちなみにこの時点で硫酸カルシウム(石膏)の濃度は1.4パーセント。煎熬せんごう前、水道水並みの水温でもガンガン結晶化しているレベルです。



◆直煮法(じきにほう)

 オススメ度★☆☆☆☆

 海水の汲み上げ:人力

 海水の散布:-

 採鹹さいかん:-

 煎熬せんごう:人力


 最も基本的な水分除去法。採鹹さいかんはせず、火力に物を言わせて、汲んできた海水をひたすら煮詰める煎熬せんごうのみ。寒冷地や塩浜化するに適した砂浜のない地域で特に威力を発揮する。海水の質が塩の質に直結してしまう点は要注意。海水中のすべてのミネラルを結晶化しようとすると石膏(硫酸カルシウム)と苦汁ニガリでとんでもないことになるため、質を上げる場合には、徹底的な石膏(硫酸カルシウム)の除去や、苦汁ニガリが結晶化してしまう前の塩の引き上げといった手間が必要。コスパとか気にしているようじゃやっていられない。


 現在市販されている物で言えば、「薪窯直煮製法のだ塩(岩手県九戸郡野田村大字野田)」などが有名。



◆藻塩焼き

 オススメ度★☆☆☆☆

 海水の汲み上げ:人力

 海水の散布:人力

 採鹹さいかん:人力

 煎熬せんごう:人力


 採鹹さいかん史上最も初期の水分除去法(多分)。ただし製法の文献等はなく、実態は明らかではない。後の世の人々が塩田法などを参考に「(乾きにくい)海藻に海水をかけて干し、乾いた表面の塩を別の海水に溶かすことで採鹹さいかんしたのではないか」「海藻ごと煮詰めたんじゃないだろうか」、はたまた『万葉集』や『新勅撰集』に「藻塩焼く」という和歌があることから「じゃあその(燃えにくい)海藻は焼いたんだろう」「海藻を焼いてできる灰が目的だったのかもしれないな」「灰はどうやって使ったんだろう」「海水に溶いて上澄みを煮詰めたんじゃないか」といった考察をし、それに準じて製塩法も試行錯誤された。


 現在市販されている物も、実態を明らかにする文献が見つかっていない以上、「藻塩」と名のつく物はとりあえず製塩の段階のどこかで海藻を使ったか、成分に海藻由来のものが含まれるというアピールに過ぎない。



◆塩田法

 海水から水分を除去することで製塩しようとする方法。鹹水かんすいを得るまでが目的の「採鹹さいかん塩田」と完全に製塩し終えることが目的の「天日塩田」とがあり、雨の多い日本では前者が基本。

 海から汲み上げた海水を「粘土で漏水防止加工済の砂地(=塩田)」にぶちまけて太陽熱で水分だけを蒸発させ、塩が吹いた砂ごと海水入りの容器にぶち込むことで塩分濃度を上げていく、というのが基本のルーティーン。太陽熱頼みのため、冬場の生産は絶望的。海水の質が塩の質に直結してしまう点や、周囲の環境が場合によっては塩の質に結びついてしまうことがある点(例えば花粉のような空気中の浮遊物が塩田に降り注いだりしないのかという意味で)は要注意。異世界に持ち込む場合にはさらに、「塩田」という拓けた場所の安全性を確保できるのかという点でもかなり不安が残る。


◇揚げ浜式塩田法

 オススメ度★★★☆☆

 海水の汲み上げ:人力

 海水の散布:人力

 採鹹さいかん:人力

 煎熬せんごう:人力


 製法が明らかになっているうちでは最も基本的な水分除去法。マン・パワーに物を言わせてすべてを解決しようとするので汎用性は高い。ただし太陽熱頼みのため、冬場の生産は絶望的。海水の質が塩の質に直結してしまう点や、周囲の環境が場合によっては塩の質に結びついてしまうことがある点(例えば花粉のような空気中の浮遊物が塩田に降り注いだりしないのかという意味で)は要注意。平安時代の終わりから。昭和46年の塩業近代化臨時措置法成立により途絶えそうになるが、現在も生産は続いている。


 海から汲み上げた海水を「塩田」に撒き、塩が吹いた砂ごと、海水入りの専用の枡に入れていく。上澄みは鹹水かんすいとして活用され、砂はまた「塩田」に戻された。この繰り返しで鹹水かんすいを確保した。直煮よりは燃料が少なくて済む。煎熬せんごうでは当然のことながら、硫酸カルシウム(石膏)との戦いが待っている。異世界に持ち込む場合には、ひとまず人力さえ確保できれば海と塩田との距離についてはまだ何とかできるはずだが、「塩田」という拓けた場所の安全性を確保できるのかという点ではかなり不安が残る。


 現在市販されている物で言えば、「奥能登揚げ浜塩(石川県珠洲市清水町)」「珠洲すずの塩(石川県珠洲市長橋町)」「珠洲の海 あげ浜(石川県珠洲市長橋町)」「能登のはま塩(石川県珠洲市清水町)」などが有名。



◇入浜式塩田法

 オススメ度★★☆☆☆

 海水の汲み上げ:海の干満パワー

 海水の散布:「毛細管現象」頼み

 採鹹さいかん:人力

 煎熬せんごう:人力または石炭(蒸気利用式塩釜)または電力(多重効用真空式蒸発缶)


 特殊な条件下でのみ真価を発揮した水分除去法。遠浅で干満差が激しいところという条件を満たした場所でのみ展開された、チート的塩田法。ただし太陽熱頼みのため、冬場の生産は絶望的。海水の質が塩の質に直結してしまう点や、周囲の環境が場合によっては塩の質に結びついてしまうことがある点(例えば花粉のような空気中の浮遊物が塩田に降り注いだりしないのかという意味で)は要注意。早いところでは室町時代くらいから。


 満潮時に「塩田」に海水を引き入れ、干潮時には閉ざして抜け出ないようにしたことで、とりあえず海水を汲み上げたり、それを撒いたりする作業はなくなった。海水が滲み込んで塩を吹いた砂ごと、海水入りの専用の枡に入れる以降の部分はマン・パワーで解決するしかなかった。それでも揚げ浜式に比べると、数分の一の労力で済んだらしい。煎熬せんごうでは当然のことながら、硫酸カルシウム(石膏)との戦いが待っていた。異世界に持ち込む場合は、遠浅で干満差が激しいところという条件を満たした場所が果たしてあるのかということや、「塩田」という広く拓けた土地の安全性を確保できるのかという点でかなり不安が残る。


 現在市販されている物で言えば、「宇多津 入浜式の塩(香川県綾歌郡宇多津町)」、伊勢神宮の神事などが有名。



◇流下式枝条架併用塩田法

 オススメ度★★★☆☆

 海水の汲み上げ:ポンプ

 海水の散布:ポンプ

 採鹹さいかん:電力

 煎熬せんごう:人力または電力(多重効用真空式蒸発缶)


 一気に電化が進んだ水分除去法。天日塩製法を研究した春藤しゅんどう武平ぶへい氏(岡山県)が考案。「塩田」ならぬ「流下盤(漏水防止加工済の緩い斜面)」と、立体的に竹の小枝などを組み上げた「枝条架」とを併用したもので、この世界ではよく絶賛される。太陽熱に加えて風の力までも当てにできるという画期的方法であったため、冬場でも一定量の製塩が可能。海水の質が塩の質に直結してしまう点や、周囲の環境が場合によっては塩の質に結びついてしまうことがある点(例えば花粉のような空気中の浮遊物が流下盤に降り注いだりしないのかという意味で)は要注意。昭和28年から昭和46年(塩業近代化臨時措置法成立)まで。その後復活し、現在でも生産は続いている。


 ポンプで汲み上げられた海水は真っ先に「流下盤」に流され、太陽熱によって水分を蒸発させながら次のポンプにたどり着く「流下式」という洗礼を受けた。立体的な「枝条架」に滴らせることで、太陽熱に風の力までプラスされてより水分蒸発力が高まったとはいえ、「流下盤」を使わずに直接「枝条架」に海水を吹きかけただけでは、「枝条架」を繰り返したところでなかなか塩分濃度は上がらないらしい。「流下式」を繰り返すことで作り出された鹹水かんすいを利用することで初めて「枝条架」は威力を発揮し、数度繰り返すだけでより高濃度の鹹水かんすいを得ることができた。


 枝条架にこびりつき、乾燥の邪魔となる硫酸カルシウム(石膏)の除去にかなり頭を痛ませたらしいが(煎熬せんごうでも勿論、硫酸カルシウム(石膏)との戦いは続いた)、それでも入り浜式よりもさらに数倍効率的であったし、労力も十分の一くらいで済んだらしい。今までの塩田式よりも狭い土地で製塩できるとは言え、やはり異世界での製塩を考えると、どの程度の広さまでならば安全性を確保できるのかという点では不安が残る。


 現在市販されている物で言えば、「一番釜 のと珠洲塩(石川県珠洲市長橋町)」「海の精(東京都大島町。要は伊豆大島)」「奥能登珠洲塩(石川県珠洲市清水町)」「されど塩(愛媛県今治市)」「珠洲(すず)の塩(石川県珠洲市長橋町)」などが有名。



◆イオン交換膜製塩法

 オススメ度★★★★★

 海水の汲み上げ:電力

 海水の散布:電力

 採鹹さいかん:電力

 煎熬せんごう:電力


 採鹹さいかん史上初となる塩分収集法。イオンのみを通し、水はほとんど通さない「イオン交換膜」というフィルターの開発により、海水中から直接イオンを濾過ろかすることが可能になった。この世界では大絶賛の「流下式枝条架併用塩田法」でさえ実現できなかった「海水を直で鹹水かんすい化」に遂に成功したと言える。濾液ろえきがそのまま鹹水かんすいとなるため、海水の質が塩の質には直結しない。試験的導入は昭和30年代から。本格導入は昭和46年(塩業近代化臨時措置法成立)以降。


 採鹹さいかん用の巨大容器に「陽イオンだけを引き寄せて通過させる陽イオン交換膜」と「陰イオンだけを引き寄せて通過させる陰イオン交換膜」とを交互に並べることで複数のレーンを作り、さらに交互に鹹水かんすい用の真水レーンと原材料である海水レーンとする。海水レーンへと海水を曳き込むだけで、大本命のナトリウムイオン(陽イオン)&塩化物イオン(陰イオン)は自然に真水レーンへと移動し、濾過されていく。さらに電気を流すことでイオンの電気泳動が起こり、濾過が加速することになる。


 最大の特徴は、イオン膜の穴の大きさにある。


 陽イオン交換膜の穴をナトリウムイオン(イオン半径0.97Å)に、陰イオン交換膜の穴を塩化物イオン(イオン半径1.8Å)にそれぞれ合わせてやることで、大本命達はどんどん鹹水かんすい用の真水レーンに移動することができるが、それらよりも大きな粒子は――それがどんな性質のどんな物質であれ――最初からレーンに滲入することができず、元の海水の中にとどまるしかない。


 たとえば「イオン交換膜で採った鹹水かんすいを煮詰めても硫酸カルシウム(石膏)が発生しない」のは「石膏の素になる硫化物イオン(イオン半径2.0Å・陰イオン)とカルシウムイオン(イオン半径0.99Å・陽イオン)のどちらもがそれぞれの穴のサイズよりも大きく、膜を通過できないため」であり、同様に「煮詰めても苦汁ニガリが発生しにくい」のは「苦汁ニガリの素の主成分ながらもイオン半径の小さいマグネシウムイオン(イオン半径0.66Å・陽イオン)はさておき、カリウムイオン(イオン半径1.33Å・陽イオン)だけでも膜の穴のサイズよりも大きく、膜を通過できないため」である。だからいくら煮詰めても、イオン交換膜で採った鹹水かんすいからは、苦汁ニガリとしては塩化マグネシウムしか採れないということになる。

 つまり、「海水を流すだけで自動的に石膏や苦汁ニガリを寄せ付けない鹹水かんすい作りが実現してしまうシステム」が、イオン交換膜製塩法なのである。


 食用に適さない石膏はさておき、苦汁ニガリの含有量が少ないことで、「自然塩派」だの「天然塩派」だのの中には「ミネラル不足」「良い塩ではない」と評したり、膜の原料から「人工的な工業塩」と解する向きもあるようだが、「(苦汁ニガリの量や種類によって味が変わってくるはずだとは言え)塩のアイデンティティは苦汁ニガリにこそ依存したものなのか」「では(ナトリウム&塩素以外の)ミネラルがほぼゼロに近い岩塩は駄目な塩なのか」「濾過=人工、濾過=工業的なのか」といった問いの答えを考えれば、それらはどうにも的外れと言わざるを得ないような気がしてならない。

 そもそも「最初から比率的に極々微妙にしか含まれていないと分かっている(ナトリウム&塩素以外の)ミネラルをわざわざ塩からに限定して摂ろうとする必要があるのか」「塩から摂ろうとして摂れるものなのか(含まれている=摂れるなのか)」という問題もある。代替品の存在しない塩の使命はあくまでも「ナトリウム(と塩素)というミネラルの摂取」、味で言えば「塩辛さ」であると割り切ってしまっても良いように思う。塩を塩だけで摂ることはまずない以上、調理済みの料理にナトリウム&塩素以外のミネラルが含まれていたとしても、それが何由来のものなのかは分からないからである。


 塩が結晶化している以上、「塩に含まれているミネラル」として表示されているものは勿論、塩の中にイオンのまま、もしくは成分のままで存在しているとは考えにくい。基本的に化合物であり、水に溶けない場合さえある。「天然塩」等に含まれているとされるカルシウムを例に挙げれば、さながら骨粉でも添加するかごとく「カルシウムそのもの」が含まれている訳ではなく、その大半は人体では活用できない炭酸カルシウムや硫酸カルシウム(石膏)の状態で含まれている。そうなるとどんなに頑張っても、塩からカルシウムを摂ることはできない。万に一つの可能性で言えば、塩化カルシウムとなっている場合のみ、人体に取り込むことができる。成分として表示されているから必ず摂取できるという保証はどこにもない。


 人間の舌の味蕾はあくまでもセンサーであって、実際に味わっているのは脳であるとされている。そういう意味では「付加価値やストーリーがある(分かる)食品の方が美味しく感じる」という可能性は捨てきれない。また塩の結晶の粒の大きさやその揃い具合、塩の水分の含み具合などが味覚に影響を与えたという可能性もまた捨てきれない。

 ただ、塩にはっきりと等級があった江戸時代。真水ならぬ「真塩」が最高のものとされ、「(苦汁をしっかりと切った)すっきりとした味の塩」「(苦くない)甘い塩」という評価を得ていた。それに対するのが、故意に苦汁ニガリを混ぜてかさ増しした「差塩」である。庶民に広く出回った差塩は、購入者がそれぞれ自分達で苦汁ニガリ切りをしており、そうして得た苦汁ニガリの方は自家製の豆腐作りに使われた。山奥の村等では特に「豆腐作りに欠かせない苦汁ニガリの手軽な入手先」として、高級な真塩よりも、差塩の方が好んで買われていたという。


 いずれにせよ「製塩に必要最低限の要素だけを抜き取るシステムのお陰で、海水の状態を問わず季節を問わず、常に一定の質と量を確保できる」という「イオン交換膜製塩法」は、製塩技術が未発達であったり、国内の需要を賄いきれなかったりしていた場合、大きな武器になることは間違いない。仮に海は海としてあるとしても、海水自体がどのような状態にあるのかは分からない異世界でも確実に製塩したい場合には、かなり心強い製塩法になると言えるだろう。


 現在市販されている物の主流として有名。



◆空中結晶製塩法

 オススメ度★★☆☆☆

 海水の汲み上げ:電力

 海水の散布:電力

 採鹹さいかん:-

 煎熬せんごう:電力?


 権威や自然を前面に押し出した薀蓄系水分除去法。製塩の華であったはずの「採鹹さいかん」も「煎熬せんごう」もすっ飛ばしていきなり「海のままの塩」とやらが作れる方法らしい。海水を空中に噴霧することで、水分蒸発を効率的に行い、塩の結晶を取り出す、というのが基本のルーティーン。空中に噴霧した海水に温風を当てることで水分蒸発をより効率的に行おうとする場合もある。海水の質が塩の質に直結してしまう点は要注意。専売廃止(1997年)以降。


苦汁ニガリをすべて含みつつも苦みを感じさせないパウダー状の『自然塩』」で「海水中のミネラルが全部摂れる」というのがウリ。つまり海水中に何が含まれていたとしても――例えばそれが有機物であるプランクトンや好塩菌の類だったとしても――脱水して全部塩として取り扱いますというスタンス。ちなみに「自然塩=塩辛さだけではない本物の味=塩味だけではない本物の味」ということらしい。しかも「火で炊く=人為的、苦汁ニガリ調整=人為的」であって、「空中結晶製塩法」こそが「自然の原理を用いた自然製塩法」ということになるらしい。実際には「普通に水分を蒸発させたのでは苦く感じる化合物化してしまうはずの塩化ナトリウム以外のミネラル」を「苦味を感じさせないようにそのまま結晶化(つまりイオンごとに意識的に共有結合化させているってこと?)」なんてことをしている時点で、「イオン交換膜」もびっくりの人為的ぶりとしか解せないような気がするが、あくまでも「自然製塩法」らしい。


 そもそも飲酒ならぬ「飲海水」が特段奨励されていない現状を鑑みれば、「海水中の全ミネラルを比率通りに摂取しようとすることに意味はあるのか」「仮にそれらが塩に含まれていたとして、結晶化した時点で化合物化してしまっている場合がほとんどである以上、『海水の成分構成そのままに結晶化した自然塩』などと吹聴できるのか」といった問題は当然、生じてくる。しかも、今までの製塩で廃棄されてきた苦汁ニガリは、製塩に取り込めなかったために苦渋の選択で廃棄されてきた訳ではなく、味を悪くするから、体に悪いから廃棄されてきたのである。全く同じ成分を使用しながら、除去を一切しなくても苦くない、体に悪くない塩が作れる方法となると、やはり高度に人為的な方法にならざるを得ないような気がしないでもない。


 さらに注意すべきは、特許やギネスといった権威的存在、さらには海水を取り巻く環境だの製塩法だのを含めたストーリーがこれでもかと用意された、いかにも脳に味わわせるための「薀蓄系」の塩であるということである。さらには「塩(=ナトリウム&塩素)もまたミネラルである」という事実には目を瞑り、あくまでも「塩とミネラルは別物である」というスタンスで「(精製塩には)肝心のミネラルが入っていない」だの「(苦汁ニガリ切りをする製塩法では)塩とミネラル分が分離されている」だのと平気で喧伝したりする。一度でもミネラルに関する著書の目次を見たことがあれば、嫌でも「ナトリウム」や「塩素」の記述があるのを目にするはずだというのに。挙句、「塩化ナトリウムというミネラルの塊」を「塩化ナトリウムという化学物質」などと断じたりする。ネガティブキャンペーンとしか言いようがない。実際には「塩」を売っている以上、それが何パーセントであっても「塩化ナトリウム」は必ず含まれている訳で、「塩化ナトリウム=化学物質」なのであれば「(仮にそれ以外にどんな成分がどんな割合で含まれているとしても、主成分が「塩化ナトリウム」である以上は)自分達もまた化学物質を売っていることになってしまう」はずである。そういう事実はないことになっているようだけれども。


 いずれにせよ「海水中の全ミネラルを結晶化」してしまう方法では、仮に海は海としてあるとしても、海水自体がどのような状態にあるのかは分からない異世界では、「完全に安全と言えるよう処理済の鹹水かんすい」と組み合わせない限り、信頼の置けない製塩法となってしまうだろう。


 現在市販されている物は数種類あるようである。



 異世界で海塩を求めれば、必ずぶち当たるであろう採鹹さいかんの壁。

 その壁をいかにもその世界らしい方法、その世界のことわりに反しない方法で乗り越えることで、世界観が深まったり異世界感が増したりするのではないかと思います。

 今回、採鹹さいかん法をおさらいしたことで、ご自分なりの採鹹さいかん方法をイメージする手助けになりましたら幸いです。



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イオン半径のÅ(オングストローム)は、

100億分の1メートルであり、

1億分の1センチメートルであり、

1000万分の1ミリメートルであり、

1万分の1マイクロメートルであり、

10分の1ナノメートルであり、

100ピコメートルであり、

10万フェムトメートルであり、

10万ユカワである。

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