異世界の塩事情◆岩塩余話
海水を用いた製塩技術が成熟しきった感のある「現代」では「海塩の半値程度で取引される手軽なナトリウムの結晶」という印象の岩塩ですが、果たしてどういったところでどのように採掘されているのか、異世界物でさらりと登場させられるようになるためにも、おさらいしておきたいと思います。併記した他言語は、検索の際にお役に立ちましたら幸いです。
ちなみにこの文章中での等級分けは、今回便宜上つけた仮分類であって、実際にそう分類されているわけではありませんのでご注意ください。
◆初級編
岩塩を採掘している場所と聞いた誰もが想像しやすい、テンプレ的岩塩坑。ゲーム世界に於けるいわゆる「
要は「太古の海の生物の化石やそれに准ずる何かが出土しますよ」「地中を荒らすような魔物は最初から存在し得ないエリアだという宣言になっちゃいますよ、最近棲みついて大騒ぎとかいうなら別ですが」という話である。
◇ヴィエリチカ岩塩坑【
岩塩の輸出による利益は、当時のポーランド王国財政の三分の一を占めたと言われ、王国の黄金期を支えた。
◇ケウラ岩塩坑【英語名:
南アジアにあるパキスタン・イスラム共和国のケウラ塩山にある岩塩坑。世界第二位の大きさを誇る。第一位のヴィエリチカ|(ポーランド)が総岩塩造りの教会なら、ケウラは塩レンガで造られたモスクや郵便局があることで有名。
◇シパキラ岩塩坑【
南米コロンビア共和国クンディナマルカ県シパキラ市にある岩塩坑。岩塩坑がそのまま教会に流用されており、複数の地下礼拝堂や岩塩製の十字架などがある。『チリ33人 希望の軌跡』(アントニオ・バンデラス主演。チリ・サンホセ鉱山落盤事故の救出劇の映画化。原題『The 33』)」の撮影にも使われた。
◆中級編
岩塩を採掘している場所と聞いて想像されるイメージとはやや趣を異にすると言える岩塩坑。「溶解採鉱法を駆使した
要は「太古の海の生物の化石やそれに准ずる何かが出土する可能性がありますよ」「溶解採鉱法を活用する場合には地中を荒らすような魔物は最初から存在し得ないエリアだという宣言になっちゃいますが、地下塩泉を活用する場合には地中を荒らすような魔物が棲みついていても問題ないかもしれません」という話である。
◇リューネブルク【Lüneburg】
中欧ドイツ連邦共和国ニーダーザクセン州リューネブルク郡リューネブルク市にある、ハンザ同盟内で唯一の塩の生産地。リューネブルク産の
巨大な岩塩層と、それを溶かす地下水層とが同時に街の地下にあったことで「高濃度の天然
ちなみに「ハンザ」とは「現代ドイツ語」で言うところの「ハンゼ(Hanse。商人組合・団体)」を意味し、異世界物では大定番中の大定番とも言える組織、「ギルド(職業別組合)」と意味としては近い単語である。ハンザ同盟が築いた一時代、誇った栄華というものが、「ギルドは儲かる、採算が取れる」「(それがどういった種類のものであれ)ギルドは社会に於いて機能し得る」というイメージの根底にあるのかもしれない。
◇バート・ライヒェンハルの旧製塩所【
中欧ドイツ連邦共和国バイエルン自由州ベルヒテスガーデナー・ラント郡バート・ライヒェンハルにある、岩塩&
バート・ライヒェンハルと塩との関係は、石器時代、ザーラッハ川【Die Saalach】(ザールアッハ川とも)の川岸が動物達の塩舐め場であったことに
バート(=泉)・ライヒェン(=豊かな)ハル(=塩)は「豊かな塩泉」を意味しており、「塩の温泉リゾート」としても有名である。巨大水車による地下塩水の汲み上げは現在でも行われているが、高塩濃度温泉や温泉プールは元より、
◇バート・デュルンベルク岩塩坑【
中欧オーストリア共和国ザルツブルク州ハライン郡バート・デュルンベルクにある、ザルツブルク司教領(696年~798年)並びにザルツブルク大司教領(798年~1803年2月11日)並びにハプスブルク家の繁栄を支えた岩塩坑。「司教領/大司教領」はとても乱暴に言うならば「司教国/大司教国」とも言い換えられる存在であり、要はローマ=カトリック教会あるいはハプスブルク家の収入源の一つであったと言える。ちなみに最終的なオーストリア併合は1816年のことなので、オーストリアの繁栄を支えたとまでは言い難い。坑内にはドイツとオーストリアの国境がある。作業員が坑道を降りる際に使っていたという滑り台や、坑内にある地底塩湖や、作業員が坑道を降りる際に使っていたという滑り台は、現在は観光資源としても活用されている。また、産出された岩塩はザルツブルク州第二の都市でもある郡都ハライン【Hallein】で製塩され、「ザルツブルクの塩」としてザルツァッハ川【Die Salzach】(ザルツァハ川とも)の水運でヨーロッパ各地に輸出された。ちなみに「ザルツブルク」はドイツ語で「塩の城砦」を意味する(標準発音なら「ザルツブルグ」、現地発音では「サルツブルク」になる模様)。また「ハライン」については、ケルト語で「塩のホール」を意味しているとする説がある。
◇ハルシュタット岩塩坑【
中欧オーストリア共和国オーバー・エースターライヒ州グムンデン郡ハルシュタット町にある、世界最古の岩塩坑。ザルツカンマーグート地方(オーバー・エスターライヒ州西南部&ザルツブルク州北東部)とも呼ばれている。先史時代から現在に至るまで採掘が行われ続けている。作業員が坑道を降りる際に使っていたという滑り台は、現在は観光資源としても活用されている。かつては「白い黄金」とさえ称された塩の力に拠るものか、紀元前1200年頃から紀元前500年頃には青銅器や鉄器を使用した高度な文化、「ハルシュタット文化」が栄えた。
「ハル(=塩の)シュタット(=都市)」は「塩の街」を意味し、「ザルツ(=塩の)カンマーグート(=御料地)」の名は、ハプスブルク君主国の直轄地として手厚く保護を受けたことに由来する。
◇ネモコン岩塩坑【
南米コロンビア共和国クンディナマルカ県ネモコン村にある岩塩坑。天井から地下塩水が滴り落ち続けることできた塩柱や塩の滝、総重量1.6トン程度の塩の結晶でできたハート型のモニュメントなどが有名。塩製のマリア像やキリスト像などもある。塩坑のあるとあらゆる場所で地下塩水が滲み出し続け、結晶化し続けることで、坑壁は塩に覆われ、さながら総塩造りの鍾乳洞のようになっている。『チリ33人 希望の軌跡』(アントニオ・バンデラス主演。チリ・サンホセ鉱山落盤事故の救出劇の映画化。原題『The 33』)」の撮影にも使われた。
◆上級編
岩塩を採掘している場所と聞いて想像されるイメージとはかなり趣を異にした岩塩坑。思いもかけない場所で採掘していたり、廃塩坑が積極的に活用されていたりと、馴染みがなければ驚くこと間違いなし。基本的な前提や制約は初級編とさほど変わらないが、塩坑の場合は持っているパワーや利点さえ押さえておけば、既にその基本的な役目を終えている分、どう活用しようと自由、ということになる。ゲーム世界に於けるいわゆる「
要は「人間が大事に活用してもいいし、本物のダンジョン化させてもいいし、採りこぼした塩目当てで魔物が住み着いてもいいし、何でもあり」という話である。
◇タガザ岩塩鉱山【英語名:
サハラ砂漠にある塩鉱(ただしタガザ(テガーザ)は十七世紀初頭には枯渇)。どちらも太古の塩湖が干上がって岩塩層となったもの。砂漠であっても塩は採れるという実例。イブン・バットゥータの『三大陸周遊記(旅行記とも)』にも取り上げられている。ガオ王国【Gao Empire】やマリ帝国【Mali Empire】、ソンガイ帝国【Songhay Empire】などの繁栄を支えた。サハラ地域にとっての岩塩はまさしく「白い黄金」であり、近代化によって出回るようになったという海塩の方がむしろ安物のようである。
砂漠の孤島という環境の過酷さ故に、タウデニ盆地にあるタウデニ塩鉱には「岩塩の採掘を目的とした政治犯用の刑務所」が作られた時代もあった。板状に切り出された岩塩は、ラクダのキャラバン(=アザライ)によって命がけで運ばれる。
◇ソロトヴィーノ岩塩坑【英語名:
東欧ウクライナ最西部ザカルパッチャ州の、メディア王ロバート・マクスウェルの出身地としても知られるソロトヴィーノ村【Солотвино/
Kirill Kuletski氏(≒キリル・クレツキ氏)の写真集『
◇サリィエダール岩塩坑【英語名:
東欧ウクライナ東部ドネツィク州のサリィエダール【Соледáр/
某テレビ番組(2012年2月22日放送)のアレルギー特集にて、「塩シンフォニー病院」【
◆番外編
岩塩坑とは呼ばれており、何らかの目的で採掘ないしは掘削されたものと思われるが、肝心の「採塩場所として活用されたことがある」と推定するに値する文章をどこにも見けられなかった岩塩坑。そのため「上級編」には入れず、別立てて「番外編」とした。
◇エカ
ロシア連邦ウラル連邦管区スヴェルドロフスク州の州都エカチェリンブルクの地下(200メートルらしい)にあるという放棄された立ち入り禁止の岩塩坑。日本語での表記としては恐らく「エカ
蒸発岩型ハロゲン化鉱物である岩塩と、多少成分は異なるもののでき方は同じカーナライト(ナトリウム&塩素ではなくカリウム&マグネシウム&塩素。肥料またはカリウム&マグネシウムの原料)と、その他ミネラルなどが堆積してサイケデリックなマーブルを形作ったもの。
自前は元より転載可能なフリー写真も持たない身故にここに写真は貼れないが、サイケデリック・マーブルに目をチカチカさせたい方は、「エカテリンブルク 岩塩坑」か「カーナライト」で画像検索されたし。「Inside the psychedelic salt mine」で動画検索するのもアリ。
◆ユネスコ世界遺産編
ユネスコ世界遺産へは、製塩業からは3つが登録されていると言える。それが、ポーランドの「ヴィエリチカ・ボフニア王立岩塩坑」【
「ヴィエリチカ・ボフニア王立岩塩坑」は初級編でも触れたが、文字通り岩塩の採掘坑であり、「天日製塩施設、サラン・レ・バン大製塩所からアルク・エ・スナン王立製塩所」もまた文字通り地下塩水を利用した製塩所である。特にアルク・エ・スナン王立製塩所は建築家クロード・ニコラ・ルドゥーが都市計画まで視野に入れて建設を手がけた(都市計画の方は、実際には途中で頓挫した)ことで知られる。「ハルシュタット‐ダッハシュタイン・ザルツカンマーグートの文化的景観」だけはやや分かりにくいが、ハルシュタットが岩塩採掘で栄えた町であることから、これもまた製塩業に関連するユネスコ世界遺産の一つに数えることができる。
世界に分布する岩塩坑を駆け足でおさらいしましたが、「塩=白い黄金」という図式はどうやら、「まともな海塩が精製されていない時代の岩塩(の塩化ナトリウムの純度の高さ)」を限定的に称する言葉であるとお気づきいただけたかと思います。
少なくともヨーロッパでは、海塩は「広大な塩田を駆使すれば、低コストでいくらでも大量生産が可能な塩(ただし品質は誰も保証しない)」と解することができるように思われます。そんな海塩の品質が向上していくにつれて、「白い黄金」として君臨していたはずの岩塩は、ある時は(コストが抑えられないという意味で)価格競争に敗れ、ある時は(塩化ナトリウム以外をほぼ含まないという意味で)品質で敗れるという、悲しい坂道を転がり落ちていく訳です。
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「中世ヨーロッパ風」とキャッチーにぶち上げられる割に、「当時の権力と最も強力に結び付き、経済を下支えしていたはずの岩塩」が大きく取り上げられることはないようですが、異世界ではどんな塩ドラマ(いわゆる「塩対応」とやらとは意味合いが違いますよ、勿論)が待ち構えているのかと思うだけでも、心のときめきが止まらない今日この頃です。
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