第4話 ロッグの魔法使い③
「まずいよ、カナベル。ボク、地面に降りるよ」
「あ、おい! ホグロ!」
細やかな白い塵がちらつくのを見て、ホグロは何かを察知したのだろう。彼は私が静止するのを聞かず、すぐに地中へと潜った。
飯を食わしてやったというのに、薄情なやつだ。
「まったく……」
そう感じたが、雪が降ってきては仕方がない。空を見上げると、分厚い雲が空中を覆っていた。
「早すぎる」
ポツリと呟くも、私は先程の老婆の言葉を思い出し、その慧眼さに脱帽した。
「急がねば」
誰に宣言するわけでもない。自分に言い聞かせているだけの言葉ほど無意味なものもあるまい。
街道を急ぐと、そこら中の街の人間が焦るように荷造りを始めていた。
「積め! 積め!」
「雪雲が来るぞ! 早く支度しろ!」
「重いものはこの際、置いていけ! 必要なものだけ幌に積み込むんだ!」
荷造りをしている者の大半は、商人と高級役人だろう。彼らは身なりからして裕福そうだし、【幌水馬】を所有していることからも、稼ぎが良さそうだ。
寒冷地帯の人間だけあって、感覚がシビアだな。
彼らはこれから南方へと降り、雪雲をやり過ごす気だろう。では、残された人間は?
と、そこまで考えたところで、ぶるぶると首を横に振った。
駄目だ、駄目だ。考えたくもない。思考を止め、私は簡易宿へと歩を進めた。
宿へと着くと、宿主の老爺から「幌に乗っていくか」と尋ねられた。が、それは丁重に断った。
「どうしてだい? 旅の人」
「人を探していてね。もしかしたら、道中出くわすかもしれない」
「だが、雲がすぐそこまで来ておるし――」
私はここでも首を横に振った。
善意の提案だったのだろうが、金を惜しんだというのもある。私が断ると、老爺もまた私に祈祷を捧げた。
「この旅もここで仕舞いか」
老爺と別れると、私は郊外へと足を向けた。灯籠の灯火が少なくなるにつれ、後ろ髪をひかれる思いにかられた。
ロッグに来るのはこれで最初で最後だろう。コッフルという麺麭の味を口の中で思い出す。
「くそ。この雪さえ降らなければ」
ちらついていた雪は次第に勢いを増し、
朝方、凸凹していた石畳は雪で馴染み、もう見えなくなっているほどだ。
街が埋もれていく。雪で――
ロッグがこれでは、あの寒村は今頃どうなっていることか。街が失われていくのは我々、「魔法使いの罪」でもある。
『偉大なる世界樹と
「……なぜ今、それを思い出す」
グラワンダの言が脳裏に過るも、それをすぐに打ち消す。師匠は悲観主義者なんだよな。何も、魔法使いだけがその罪をかぶることはあるまい。
私が幼少の頃、「
神聖な地が穢された理由はなんとも間抜けで、魔法使い同士の対立によってもたらされた戦争によるものにほかならない。
我がアーケラシュ国は、東方の大国に挑んだ。領地と賠償金という戦果こそあったものの、自然呪の源泉である世界樹と星泉を失っては何をしたかったのか分からない。
「馬鹿騒ぎの代償にしては大きすぎだ」
戦争は将来世代へのツケを残した。それが雪雲である。
雪雲はこの世界の不均衡の象徴だ。異常気象が蝕むものが民草だということを、貴族方にも早いところ学んでもらいたいが、それは土台無理な話だろう。
「貴族があれじゃぁね……」
街道を行く幌水馬の列が、何度も私を通り過ぎていく。
その中には、ロッグの「市章」を掲げるものも少なくない。紋章を掲げることを許されているのは、貴族のみ。つまり、通り過ぎていく荷馬車は貴族のものということになる。
逃げ足だけは早い人間になんて、なりたくないもんだ。
通り過ぎる幌水馬を恨めしく睨むも、その念が通じることはなかった。
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