第3話 ロッグの魔法使い②
朝方、寝ぼけ眼のまま一人街道を行く。
「底冷えするな……」
山間部から降りてくる冷気のせいだろうか。昨日よりも、体感で10度は低い気がした。ただ、この寒さは嫌いじゃない。暑いよりも幾分マシだし、何より体の芯の底から冷やすような空気が、私の目をシャッキリと醒してくれるから。
ホグロを置いてきてよかった。あいつ、寒さに弱いからな。
はぁー。
手持ち無沙汰だ。遊びがてら、口から白い息を吐き出しては、拝むように手をすり合わせる。
「ちっとも暖かくならないや」
こういうのを気休めというのだろう。吐息は私を温めることなく空中に霧散していくと、次第に街の大気へと馴染んでいった。
我が師の影を探しつつ、しばらく歩いていると、至る所で灯火が焚かれていくのを見た。この時期、北方の街々は日中でも薄明のため、少しでもあたりを明るくしようと、街人は火焚きに勤しむのだ。
橙色の明かりは暖く、「ポゥ」と灯る際の瓦斯臭さも不思議と嫌じゃない。「
「一旦、帰ろうかな」
収穫はなかった。
だが、良いものをみた。こういった慣習は今後も残っていくのだろう。ここに人が住まう限り――。
◆
簡易宿へと帰ると、ホグロが「お腹空いた」というので、その足でまた街へと繰り出した。
「素泊まりじゃなくて、朝食付きにすべきじゃなかった?」
「簡易宿にそんなプランはないよ」
「安宿生活にも飽きてきたねぇ」
「じゃあ、野宿にする?」
文句の多い土山椒魚だ。南国育ちの奴はわがままで困る。
「野宿は嫌だよ。ボクは文化的な生活に慣れてるから」
「そっか。なら来世は人間に生まれるといいね」
ホグロとの会話を打ち切り、灯籠に火が灯された「飯場」の奥へと進む。
飯場というのは、家庭料理を出す店の総称だ。どんな小さな村にも一つはあり、その地方ならではの「味」を提供してくれる。
「いらっしゃい」
「どこでも座っていいの?」
「お好きに」
紺色の割烹着を着た老婆に促され、適当な席へ着く。
「結構広いね」
ホグロはそういうと、床下でくつろぎ始めた。
「その子もごいっしょで?」
「えぇ。できれば、私と同じものを」
「……そうですか」
使い魔を見たのは初めてなんだろう。老婆は人語を介すホグロをジロジロと見つめてから、厨房の奥へと消えていった。
「どうかしたのかな?」
「このあたりに魔法使いはそれほどいないからね。それに、寒い地域じゃ、土山椒魚を見る機会もないだろうし」
「ふぅん」
一時期に比べ、魔法使いは成り手が乏しい。人口の多い首都近辺に限れば人気のある「職業」だが、田舎になればなるほど人口が少ないため、選ばれ辛い職業なのだ。
「一次産業者は跡を継がないといけないからね」
「一次産業者って〜?」
「土山椒魚には難しいだろうから、また機会があったらね」
「え〜」
ホグロはわかりやすく「ぶーたれ」たが、私はそれに構わず華麗に交わすことにした。
魔法使いは二次産業者であり、三次産業者なのだ。管轄外の分野を深く語る必要はあるまい。そう思うに至ったからである。
「お待ちどうさん」
「あ。ありがとうございます」
「うわぁ。おいしそうだねぇ」
ホグロに構っている間に、朝食ができたようだ。老婆が差し出したプレートの上には、家禽の湯で肉と根菜類、平たく焼かれた
「ケラシュ鳥と
「コッフル?」
聞き慣れない言葉に首を傾げると、老婆は「クロムギを焼いたものだよ」と答えた。それから、彼女は額に拳をあて私達に短い祈祷を捧げた。
「旅の人に『山海の王』のご加護を」
古めかしい「挨拶」だった。祈祷を終えると、老婆は多くを語ることなく、また厨房へと足を向けた。
「ご丁寧に――あ、ちょっと! 料金は?」
「お代は500ケラシュだよ。食べ終わったら机の上に置いといてくれ。それと、ここにあんまり長居しちゃいけないよ。直に、よくないものが来る」
老婆は屋根を指さした。
恐らく、雪雲のことだろうと察し、私は首肯することでそれに応えた。
「さっきのは何?」
ホグロは、老婆の祈りの言葉に関心をもったらしい。
「祈祷だよ。旅の安全を祈ってくれたみたい」
「へぇ。そうなんだ。初めてだったから、魔法かと思っちゃった」
「魔法じゃないよ。お祈りだよ」
額に拳を当てる祈祷法は、北方地域に伝わる「旧王」への礼だ。昔、グラワンダに教わったっけ。
「魔法とお祈りは違うの?」
「違うよ。お祈りに害はないからね」
「そうなんだ。じゃあ、ありがたく頂戴しとかないとね」
ホグロは暢気にそういうと、コッフルにかぶりついた。
「あー、こら。乗せるんだよ」
私が甲斐甲斐しくコッフルに肉と根菜を乗せてやると、ホグロは「おいしー」とそれを貪り食った。
使い魔の介護までしてやらないといけないなんて。
「はやくグラワンダを探さないと」
改めてそう決意しつつ、私はコッフルに口をつけた――
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