隣人がダンピール
Kanon
第1話 万年筆1
◇
隣の部屋に引っ越してきた住人が気になっている。リモートワークなんてしているせいなのだろうか。彼がこの賃貸マンションに引っ越してきたのは先月。秋も深まる10月の末だった。「彼」と形容しているのは、たまに聞こえる鼻歌からだ。「彼女」という可能性もあるのだろうが、確率的には低いだろう。
夜型か
自分が夜遅くまで仕事をしていたりすると、ドアや窓の開閉音で気が付く。最も眠っていると気付かない事も多いのだが。今日も時計の針は23時を指し示している。明日は有給をとったため、動画配信でドラマを見ていた。が、あまり面白くないため一度停止した。動画配信は手軽に見たいものが見れるが、選んでいない作品も目に大量に入るので、選ぶのは難しい。
「ふぁ…」
窓を開けて外を見ると暗い空に一つだけ輝く星が見える。寒いが耐えきれない寒さではなく心地よい。上着を羽織って空を撮影しようと、スマホを手に取る。カメラが無くとも手軽に写真を撮れる様になって嬉しい。
いい感じに撮れた
SNSにあげようかな
窓を閉めようとすると、何かがベランダに転がってきた。流線型の物体だ。虫ではなさそうだ。
「あ!」
あ?
万年筆?
隣のベランダとの隙間から転がってきたのだった。先程の『あ!』という声音も隣の住人のものなのだろう。紺色の高そうな万年筆だ。思わず手に取ってしまったが、転がし返すのも躊躇われ、息を殺す。
「あの~」
「え」
条件反射で声をだしてしまった。
「すいません。そちらに万年筆が転がってしまいまして、えぇとですね、こちらに転がしてもらえると有りがたいのですが」
鼻にかかった滑らかな声が問いかけてきて、驚く。
たぶん、あの声だ
という事は隣人その人だ
「は、はい」
焦りつつも万年筆を転がすと、白く長い指先が拾うのがちらと見えた。顔は、しきり板で見えない。見てみたいのに見えないとは。
「ありがとうございます。助かりました。お休みなさい」
お休みなさい、か
誰かとお休みの挨拶をしてから眠る事は、久しくなかった。いつぶりだろう。
いい事したな
これも久しぶりかもしれない
相手への不気味さはあるにはあるが、それよりも善行への誇りが胸をあたたかくし、夢の無い眠りに誘われていった。
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