第41話

直人くんの家を出ると、早乙女さんは俺の腕を引っ張って車に押し込んだ。


「ちょ、なに…」


早乙女さんは無言で運転席に座って、車を発進させた。

俺が連絡しなかったもんだから、めちゃくちゃ怒ってんだろうな。

これが初めの方だったら怖くて震えてたかもしれないけど、今は違う。

この人はあの時の俺の希望だった隼人くんだから、怒ってると同時に心配してくれていたんだと思う。

無言のまま30分ほど車は進み、家に着くと、早乙女さんはまた俺の腕を引っ張った。

これだけ無言を貫かれると流石に少し怖くて!とりあえずもう1回謝ろうと口を開いた。


「あの、早乙女さ…」


ごめんなさいと謝る前に、早乙女さんに抱きしめられた。


「あ、え…?」

「何事もなくてよかった…」

「あの、えっと…」

「また何かあったんじゃないかと思うと…」


早乙女さん、そんなに俺の事心配してくれてたんだ。

申し訳なさもあるけれど、それが凄く嬉しい。


「ごめん、その…」

「お前は危機感というものが無さすぎる」


この一言で、俺の感謝の気持ちと謝罪の気持ちは消え去った。


「一瀬の時がいい例だ。人が何考えてるかなんて気にもせずに優しくしてもらったから~とか言ってついて行って…。で、直人には何でついて行った」


前言撤回。

本当にこの人あの時の隼人くんと同一人物なのかよ。


「直人くんの方から話しかけてくれたから…」

「あいつは玲二に敵対心しか抱いてたかっただろう。お前はバカなのか」

「な…っ!バカって言う方がバカなんだぞ!」

「はいはい」


まるで俺の方が子供のように突っかかって、本当に俺がバカみたいだ。

こういう些細なやり取りが出来ることは嬉しい、だけど同時に、それ以上の感情を早乙女さんからは微塵も感じない。

ただの同居人で、片思い。

俺も直人くんも、叶わない恋をしているんだって思わされる。

何で好きになってしまったんだろう、何で再会してしまったんだろう、何でこんなに優しくしてくれるんだろう。


「ところで」

「あ、な、何…」

「手首の擦り傷はなんだ」


そう言われて手首を見てみると、手錠をかけられていた箇所が少し擦れていた。


「昨日はそんな傷なかったぞ。まさか直人に何かされたんじゃ…」


よく俺のことを見てるな、と早乙女さんに感心してしまう。

俺自身ですら、擦り傷に気づかなかったのに。


「違う違う!そんな事ない!知らないところで擦れただけだって」


流石に手錠の話までしたら直人くんがどんな目に遭うか分からないし、俺は直人くんを守るために、咄嗟に嘘をついた。


「本当か?」

「本当だって!マジ!マジだから!!」


俺の手首を掴んで俺を疑う早乙女さんをなんとかとがめようとするが、あまり効果は見られない。

早乙女さんは俺の手首を掴んだまま、俺の部屋のベッドまで連れていった。


「ちょ、なに…」

「本当に何もされてないんだろうな?」

「だから何もされてないって!」


拘束された以外は、本当に何もされちゃいないってのに。


「何なら体見てみるか?キスマークもついてなければセックスだってしてない!やったのはゲームだけ!!」

「……」

「俺ってそんな信用ならない?」

「いや、そういう訳では…」


一瀬さんの件があったから、と言ってもあれはもう半年以上も前の話だ。

確かにあの時は俺も脇が甘かったけど、あれから俺がなんかされたのは、ヤクザに拉致された時に殴られてヤられたのと、アイツの家でヤられた時だけだし。

アイツのところに行ったのは自分の意思だったけど、それは早乙女さんを巻き込みたくなかったからだ。(まさか早乙女さんか隼人くんだったなんて思いもしなかったけど)

ま、信用されてないと思われても仕方ないよな。


「ごめん、本当に何もなかったから…」

「……はぁ、分かった。だが、次連絡もなしにいなくなったら…」

「もうしないよ、そんな事。早乙女さんちから追い出されたら、俺、ネカフェ暮らしになっちゃうからね。信用なくさないように頑張るよ」


そう、俺と早乙女さんは契約だけで結ばれた関係だから。

好きだなんて思っちゃダメだからと、何度も何度も自分に言い聞かせる。


「玲二、そういう訳じゃ…」

「俺疲れたから寝る。出てって」


俺は早乙女さんを追い出して、布団に潜った。

そうしないと、好きだって言いそうになるから。

直人くんの前では早乙女さんの事が好きだって、言えたのに。

なのに早乙女さんに言えないのは、また居場所がなくなるのが怖くて、また一人になるのが怖いから。だから早乙女さんには言えない。

契約が続く限りは、早乙女さんは俺の傍にいてくれるし、いられるから。


「ほんと、情けない」


こんないい歳した男がウジウジして。

でも仕方ない、もう、一人にはなれない。

早乙女さんの温もりを知ってしまったから、好きになってしまったから。


「どうしたらいいんだろう…」


俺は布団の中で少しだけ涙を流した。

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