はい!こちら異世界ターミナルなんでも課落とし物係
青月 巓(あおつき てん)
1 配属
異世界ターミナル。地球をハブとした、様々な異世界への玄関口。
一面がガラス張りの壁面が天井まで続き、接続された商業施設や空港、駅、そして異世界への無数のポータル、それらが絡み合って作る、世界最大の施設。様々な世界の玄関口として機能する巨大な建造物だ。
慌ただしく行き交う人々も、その半数は人間と呼称するには少し変わった風体を持っている。
そして何よりも、当然のことながら二足歩行しているだけで人間には到底見えない人々がそこを利用し、あるいは働いていた。
「新規異世界ポータル出現! 先行対策班は急げ!」
「今度は?」
「わからん! ポータル開設課からの報告はない!」
管制室では、そんな怒号が響いていた。今日も一日、いつもどおりの平和な日だ。
・・・
異世界ターミナルの廊下には、いつも"声"が溢れている。
ガラスの向こうに映る自分の姿を見て、水面はスーツにシワがないかを確認した。
新調したメガネに汚れはなく、耳の傷も髪の毛で隠れてあまり見えない。日本人のような顔立ちには似合わないような赤い虹彩だけはどうにもならないが、それ以外はまともな姿である。
水面はそれに安心すると、また歩みを再開させた。
人の声に混ざるようにして、今日は特に人ではないなにかの怨嗟の声がやたらとうるさい。
水面は事故の余波から退避する人々の波をかき分け、真っ白な職員用の通路に立っていた。
奥まったその通路の先には、扉が一つ。水面はその前に立つと、ふぅと息を整えて扉を三度叩いた。
「本日から配属となりました、
扉を開き、第一声はマニュアル通り。
深々と頭を下げる間も、水面の耳の中では異世界の喧噪が響いている。これまでどこの企業でも話した途端に不採用になってしまったこの能力を、受け入れてくれた部署だ。ここでなら……。
そんな水面の期待がこもった挨拶を遮るように、緊急アナウンスが響き渡った。
『緊急連絡。先ほどG39エリアにて事故発生。ポータル管理室周辺の渡航者は係員の指示に従い――』
「おっと、これは良くないねぇ」
デスクで新聞を読んでいた獣人の男性が立ち上がる。茶色い毛並みと愛嬌のある表情からは想像もつかない、引き締まった声だった。
「自己紹介は後でいいかな? 徒與くん、初仕事だ」
水面は気がつけば、事務所の中を覗く暇もないままそんな事を言う獣人の言葉に押されるまま事故現場に向かって走っていた。
「さて、徒與くん」
大柄で柔和、柴犬に近い見た目の係長が、しかし仕事モードに入り獣人特有の鋭い視線をもって水面を見下ろす。
どたどたと擬音が聞こえてくるような大股の走り方だが、速度は水面の全速力よりもやや遅い程度でしかない。大柄故の歩幅の大きさがそうさせているのだ。
「まずはなんでも課落とし物係にようこそ。係長のムトです。走りながらだけれど今回の案件を説明するね。ここのマップは?」
「すでに面接の事前準備、面接、出勤前の確認の三度、ここを歩いたので頭に入ってます」
水面のその言葉にムトの口元が少し緩み、天井に吊るされた蛍光灯の光を犬歯がきらりと反射させる。
「よろしい。では本題。G39区画のフードコートで新規ポータルが出現したらしい。今回の僕達の仕事は名前の通り、そこで出た”落とし物”の回収と返却すべきかの確認」
ムトは懐からタブレットを取り出すと、水面に渡した。
「それ、結構高い備品だから壊さないように気をつけてね」
人混みをかき分けながらムトと水面は現場に到着する。すでに魔法で結界が張られており、黄色と黒のやけに派手な半透明な壁が、G39エリアのフードコートを囲っていた。
ムトはその結界に職員証を掲げると中に入っていく。水面もそれに続いて、自らの職員証を掲げ、開いた結界の隙間から中に入った。
中では作業着姿の少女が、水面と同じようなタブレットを眺めて頭を掻いている。
首に下がったゴーグルや煤で汚れた黄色の作業着、そしてこれまた煤で汚れたタンクトップは、まるで落とし物係には似合わないような風体だった。
「今日はやけに多いな……チッ」
「キアラくん、整備の処理は?」
ムトの言葉に、タブレットを眺めていた少女は頭を上げた。その黄色で長い髪の毛が弧を描くように浮き上がる。
「そんなもんもうとっくに終わってるっスよ! つーか、上の指示ヤバくないっスか? それに、誘発物もなんで七本もあるかなぁ……」
少女は頭を掻きむしりながら地団駄を踏んでいると、ムトの横に見慣れない男が居る事に気がつき、その足を止めて水面に近づいた。
背丈は水面よりも頭一つ小さいが、その目は水面を見定めるようで、それでいて新入りを歓迎するように、いたずら相手ができたように口角を上げている。
「新入りっスか? こんな係にスーツなんか来てきちゃって、真面目っスねぇ」
「ああ、そうだよ。ウチの新入社員だ」
水面はムトに紹介されると己のフルネームを名乗り、頭を下げた。
「ふーん、私はキアラ。新入りくんは体力無さそうっスね。……と! そんなこと言ってる場合じゃないっスね。とりあえずこれ付けながらついてきてくださいっス」
キアラは水面に防護手袋を手渡すと、ポケットから取り出した棒付きキャンディを口に咥えて事故現場へと先行していった。ムトと水面も続くように走り出す。
「今回の事故原因は不明。近くのポータル精製班と合同で緊急対策チームは組織済みっス。交渉はあちらさんにまかせて、私らの仕事は……その、まあ武器の生産が盛んな世界っぽくて……」
「うわぁ……」
三人がたどり着いた先で、水面は思わず足を止めた。フードコートだったであろうエリア一面が様々な武器で埋もれ尽くしている。剣、槍、弓、果ては薙刀まで、古今東西異世界から地球まで様々な武器が、ゆうに数百を超えて雑多に山になっていた。
水面は緊張のあまり、癖のように右耳に触れてしまう。
その瞬間、数百の山の中から、水面の耳には特徴的な”声”が強く響き始めた。間違いない。ここから聞こえてくる。
冷静に現状を判断している水面の横で、ムトはまた別の理由で顔を青ざめさせていた。
「そんな青ざめても無駄っスよカカリチョ。この武器もウチが回収するってことで上から命令は入ってるんで。とりあえず緊急出動許可証は発行済みなので人数の確保は心配なし。怪我人は救護班が運び出し済み、死体はなし。異世界交渉班はすでにポータルの中に入っていったんでこっちの処理だけっスね。ただ、英雄病誘発物だけ未確認っス」
「英雄病誘発物……」
「知ってるのかい?」
ムトのその言葉に、水面は頷くと地面に落ちていた武器に指を触れた。
「大学の卒業研究が英雄病とその誘発物についてだったんで、ある程度は。己を英雄だと思い込ませ、そうたり得るだけの能力を引き出してしまう物品と、それに触れてしまった人がかかってしまう病気……ですよね」
「そう。詳しいね」
「はは……まあ、その。知り合いが少しーー」
「ンなこと喋ってる場合じゃないっスよ! 水面、アレとおんなじヤツ探してほしいっス。それと、誘発物は直に触っちゃダメなんでこれを。刃物の山でも歩けるようになるくらいの防御結界も張れる私特性の手袋っス。破ったら殺すんで、そこんとこよろしく」
キアラはそう言うと、武器の山の中に飛び込んでいった。
「ちなみに徒與くん、誘発物の判別はできるのかな?」
「ええ、まあ……」
ムトの言葉に応えるように、水面は右耳に触れる。やけにうるさい声の中で、異彩を放つように怨嗟の声を上げるものが、いくつか聞こえてきた。
水面はそれに導かれるように武器たちの山の中に足を踏み入れる。キアラの作った革手袋の効力は凄まじいもので、剣の切っ先を踏んでも水面の革靴に擦り傷すらつかない。
水面はゆっくりと、右耳に触れながら山を探っていく。
そして、表層に出てきていた一本のナイフを掴んだ。
「これ、誘発物です」
「……そう、なの?」
「新入りィ! それ以上さわんな!」
戸惑うムトの後ろからキアラが水面に飛びかかると、水面の持っていたナイフを奪い去った。
「なんでこんな山の中から一発で誘発物を掴むんスか! どんな悪運を……」
キアラの言葉に、ムトが首を横に振る。
「……もしかして、悪運じゃない?」
「水面くん、説明してもらっても?」
「……物の、声が聞こえるんです」
水面は言葉を選びながらそう語った。
「特に大切にされた物の感情、あるいはなにか特殊な事情を抱えた物、それ自体が特別な意味のこもったものであればあるほど、はっきりとその声が聞こえてくるんです」
「マジっスか!」
「愛着があったり、長年使い込まれたりした物は、得てして優しい声で、歌うように話すんですけど……これは違う」
「何が違うんスか?」
「……激しい怒りと、狂気、慟哭、そんな声です。これが聞こえるのは、無理にその物自体が役割を背負わされた時、そしてそれを他者に押し付けようとする時。つまり、誘発物になってしまった物しか発さない声なんです」
水面は早口で言いながら肩を竦めた。
過去に、そのせいで何度も排除されてきた水面にとって、それを語るということは己が異端であると大声で宣言することに他ならない。
異世界からの人間や、それに慣れている人々が多いターミナルならばと就職活動に勤しんでみたは良いものの、どこでも同じなのだろうか、と水面は地面を見つめていた。
「なんでもっと早くにそれを言わなかったんスか! っかー! こんなクソポンコツ持ってこなかったらもっと早く現着出来てたのに!」
「……え?」
排斥されるとばかり思っていた水面にとって、その反応は予想外のものだった。
「良かったねキアラくん。誘発物用のレーダー、開発が難航してたんでしょ?」
「あーあー! もう! そうなんスよ! 誘発物、擬態ばっかしやがって、近くまで行かないとわかんないなら目視の方が早いっていうか……。お前マジで最高だぞ水面!」
キアラはそんな水面の肩を抱くと、胸元をバシバシと何度も叩く。
「え、あ……あの、変……とか思わないんですか」
「ん? 何がだい? 魔法と同じようなものじゃないか。それに、水面くんは勘違いしてると思うけれど、落とし物係にはもっと変な子もいっぱい居るしね」
「出勤初日とはいえ、こんなトコにスーツで来た真面目な水面が変なやつなわけないっスからね。さ、他の誘発物は? 一応確認だけど、何本ありそうっスか?」
スーツが煤で少し汚れるのも気にせずに、水面はムトとキアラを見る。二人とも、水面のことよりも今の対処を早く行ってしまいたいという心だけが表層に現れていた。
「そのナイフを除けば六本……だと思います」
「よし! 徒與くん、まずは案内を一つずつ。それと、大丈夫だとは思うけれど不用意に触らないこと。英雄病になっちゃったら僕達は君を事務所に案内する前に捕まえないといけなくなっちゃうからね。回収と封印はキアラ、君がやってくれ。私はこの……他の剣の回収にあたる。もうすぐ手伝いも来てくれるだろうしね」
「はい!」「了解っス」
ムトは二人に告げると、どたどたとした足取りで剣の山の向こうに走っていった。
「じゃあ、案内よろしくな。新入り」
水面は剣の山の中を進んでいく。右耳に触れ、捉えた声の主に導かれるように、誘発物を一本、また一本と発見していった。
発見した誘発物をキアラが拾い、それにテープを貼り付けていく。テプラのようなビニールテープに黒の印刷がされた簡素なものだったが、それが貼られるたびに声は聞こえなくなっていった。
「それは?」
「ん、簡易的な封印っス。本格的なのは後でやるんスけど、これだけでも結構効くっスから、こうなったら水面が持っても大丈夫っスよ。というか、持て。私は何本も持ちたくない」
キアラに渡された封印された誘発物を水面は抱えながら、さらにスピードを上げて見つけていく。その見た目は棍棒や弓、鎖など形式は様々だったが、その声は一様に怨嗟の声だった。
「うし、これで五本! あと一本は……」
「そこです。ただ……」
水面が何かを悩むように口を閉ざす。
「ただ、なんスか? 報告! 連絡! 相談! 基本っスよ」
「あ、すみません。ただ、最後の一本だけは違うんです」
水面は武器の山の下を左手で指さしながら、右耳を触る。
「これまでと違って、笑い声が聞こえてくるんです。他人の不幸を嘲笑うような、笑い声です」
その言葉を聞いた瞬間、キアラの目が少しだけ光った。
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