3 題名:あの頃の光へ

「今日は音楽込みで物語ろうと思う。」

 そういつもの人気のない公園で彼は言うと笛を見せた。どうやって笛を吹きながら語ると言うのか。この幼馴染、馬鹿である。


「私に笛を吹けと?」

「うん! 吹けたと思ったんだけど⋯⋯。」

 と落ち込むように此方を覗く幼馴染は確信を持って可愛こぶっているように思える。やると思うなよ? 許されると思うなよ? いや、にしても笛か。どう合わせれば良いんだよ。テキトーで良いかな。


「分かった。テキトーで良いなら。」


「うん、吹いてくれるならテキトーでも。これなら純愛もののはず。」そう最後の方、彼がボソッと呟いたのも私の耳にはちゃんと入っている。



「⋯⋯よし! それでは聞いて。題名、あの頃の光へ」とひと息吸って彼は顔を上げて言った。





 彼女はいつものように髪を整え、少しでもよく見えるよう鏡を覗く。たったの少しの違いかもしれない。けど、彼女にとってはとても大事なことだった。


 彼女は今日も学校へと向かう。少しのお洒落に身を包みながらも席へと着いた。彼女の周りが少しざわつく。


 彼女は学校では割りと名が通る子だった。彼女はいまかいまかとその瞬間を待ちわびた。


 ついにその瞬間、彼女は溢れんばかりの笑みで彼に声をかけた。

「おはよう。」と。


 そのたった一言に費やした彼女の時間は計り知れない。彼女は初心うぶ過ぎたのだ。


 彼女が頬を桜色に染めて笑いかけようが、彼は気付くことなく

「おー、おはよ。」と怠さ丸出しの一声しか出さず。


 でもそんな一声も彼女にとっては嬉しく少しのはにかみを見せていた。彼女と彼はもう長い付き合いだ。でも彼女とてこの想いを伝えるか迷っていた。


 ま、周囲にはバレバレだったが。


 過ぎ去る時の中、こんなこともあった。修学旅行で同じペアになるも勇気を出せずすれ違うばかり。

 時に喧嘩をし、彼女にとっては気になってしょうがないから口出ししたことでも、彼にとっては口うるさいとしか感じず。


 そのまま又、時は過ぎ去ってしまい次の入学式。つまりは高校3年生である。


 高校1年生の時は同じクラスじゃなかった。だから、高校2年生では絶対に行動しようと決めた彼女は見事空回りしてしまった。


 う、もしかしたら私なんか付き合えないのかもしれない。


 そう思い始めていた彼女は3年になってからの初日の登校日に思いがけないものを目にした。


 それは――彼と見知らぬ誰かが笑顔で笑い合っている様子だった。


 彼女と彼は幼馴染だ。それもかなり付き合いの深い。だから当然、妹ではないのも親戚でないのも知っていた。


 桜が舞い散る季節は恋の始まりだという。けれど、彼女にとっての桜は恋の亀裂の始まりとなった。


 それからというもの、彼の周りにはいつも彼女がいた。お昼休み、一緒に食べようと声をかけようとした時も見知らぬ彼女に奪われる。


 幸せそうに笑っている空気を邪魔する資格なんてないと思った彼女は彼に声をかけるのを次第にやめていった。


 彼が幸せならそれで良い。けどやっぱり――ううん、もう決めた。やっぱり私は彼に告らないし邪魔なんて絶対だめ。


 そう思い一人の乙女は身を引いた。


 それから、時は過ぎ卒業式。また桜が舞い散る季節となった。


 意外なことにも卒業する彼女に最初に声をかけたのは彼だった。

「卒業後、どこ行くの?」


「うーん、うーーーんと遠いとこにでも行こうかな。」と苦笑いをして返す彼女。胸の内はとても複雑な想いで巻き蠢いていた。


「そう。俺は彼女が卒業したら一緒に暮らそうって話しててさ。」

「そうなんだ⋯⋯。頑張れよ!」


「おう。これから社会人か大学生活か。想像出来ないな、なんか。」

「だねー。未来なんて想像出来っ子ないから余計にね。」


「未来か⋯⋯。」そう言って落ち込む彼は何処となく疲労感がある。

 一体どうしたというのだろうと彼女が思案するも分からず。うーんと悩んだ末に彼女は彼女なりに元気づけようと思った。


「彼女、悲しませないでね。――あぁ、それと君の未来に一筋の光が舞い込みますように⋯⋯、なんてね。」

「あ⋯⋯、おうっ!」

 そう言った彼は何だかとても嬉しそうだった。そんな彼を見て満足気に笑い、友達に呼ばれて駆け寄る彼女は知る由もなかった。


「これで、⋯⋯良かったんだ。」

 そう下を俯き辛く寂しそうに呟いた彼に。


「〜♪」




 結局、笛いつ吹けば分かんなくて今吹いちゃったよ。

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