想と一つずつの物語
芒硝 繊(日明かし人)
1 題名:罰をおくれ
花が欠けた。四つ巴の花が欠けた。
花は蒼かった。何れ、花は舞う予定だった。
花は宝石に太陽を閉じ込めたように真っ直ぐ純粋だった。
花に己の道を決めることは出来ない。
花は嘆いた。花は嘆くなどしたことがなかったが、産まれて初めて嘆いた。
花は涙を溢した。心の中にてそっと。
もうそれが幾ばくか過ぎ去った頃。花は笑うことも哀しみを持つ事すらもとうに忘れ去ってしまった。
花はお人形となった。
お人形は毎朝、毎夕、毎晩。人に見られず日も当たらない、そんな床で過ごした。
お人形は暇を持て余すといった感情すらも持ち合わせてはいなかった。いや、なくなった。
そんなお人形の元へ、一束の花が贈られた。贈り主の名は分からない。
分からないが、お人形はその花を大事にした。
数少ない娯楽だったから⋯⋯かもしれない。
お人形は日の当たらない場所でお花は大丈夫なのか? と心配していたが、そのお花はその時代には珍しい枯れることなきお花だったので心配はいらなかった。
ある日のことだった。お人形が大事に、大事に、お花を持っているとお花が手に侵食をし始めていた。
こんな現象。当然見るのも初めてなお人形は咄嗟にお花を手から離してしまった。
するとどうだろう。お花はあっという間に床中を覆い尽くし、見事咲き誇ったのだ。
これには流石のお人形も表情を変えた。
初めて見る綺麗な花畑に目も奪われた。
食事を持ってくるだけの係の人はその景色を見るや否やお人形に迫った。それは嫉妬に近しくもあった。
けど、迫られてもお人形は態度を、表情を変えることはなかった。
それが余計、相手を腹立たせたのか。
次の日。お人形の部屋に咲いていた一輪が千切り取られていた。
お人形はそれに少しだけ表情を変えた。
だけど直ぐにまたいつもの表情へと戻ってしまった。
そのまた次の日。お人形に配膳だけ行う人はいなくなってしまった。とある噂がお人形の耳にも届く。その噂とは、女が自部屋で見たこともない花を咲かせ女も花と化し頭だけ残ったと云う実に信じ難い噂だった。
けれどもお人形はその噂を信じた。そして自分のせいではないか? と思うようになった。これはお人形のせいではない。お花の性質だ。
お人形は今日もお花を眺める。だがその眼差しは一昨日とは打って代わり警戒する眼差しだった。お花は、いや俺は悲しく思う。
だって、お花から覗くのも全て彼女の為にやったものだった。彼女がお人形となろうが俺だけはずっと見てきた。
彼女は俺が初めて恋をした女だった。それからというものそれが執着に近いことすら己自身も分かっていた。
けれど、俺は彼女の傍にはいけなかった。慰めにもいけなかった。だから花を贈った。世にも奇天烈と供に願いが叶うと噂される花を。
お花は俺自身となった。俺自身が思ってしまったことすらやってしまう、制御の効かないものとなった。
もう、こんなものに頼った自身が馬鹿馬鹿しく思える。誰か、俺自身を。彼女を傷つけるくらいなら俺自身をどうか――
罰してくれ。
それが彼の手紙の内容だった。題名、罰をおくれ。
と、目の前の彼は語ってくれた。毎度催促されるので今度のリクエストを言ってみる。
「今度は純愛ものがいいな。」
「いや、これ純愛だよ?」
「ヤンデレだと思う。」
彼はこうして自分で考えた物語をよく私に聞かせてくれる。前は詩人になりたいと言っていたけど、それはどこへいったというのか。つくづく不思議な幼馴染だと私は思う。
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