未来を映す鏡

@pinkuma117

第1話

古びた骨董屋で、あの日、僕は不思議な鏡を見つけた。古めかしいフレームに曇った鏡面。顔を映してもぼやけて見えないが、それがかえって興味をそそった。


店主は「これは未来が映る鏡だ」と言ったが、僕は半信半疑。まさか未来が見えるわけがない、と笑いながらその鏡を買って帰った。家に着いて壁に掛けてみると、なぜか無性にワクワクしてきた。


その夜、ふと鏡をのぞくと、曇っていた鏡面が少しずつ澄んでいき、数時間後の僕が映り始めた。信じがたいが、確かにそこには未来の自分がいる。なんだか面白くて、つい見入ってしまった。


翌日の会議の準備をしている自分が映った時、これは便利だなと思った。未来の自分が何をしているか知っていれば、ミスも減るし、計画的に動ける。いつしか僕は、鏡に映る未来を“確認”するのが日課になっていった。


数日経つと、僕は完全に鏡に依存していた。鏡を見れば、未来の自分の行動がわかる。それに合わせて準備を整えれば、何もかもがうまくいくような気がしていた。しかし、だんだんと映る未来が少しずつずれ始めたことに気づく。


ある日、鏡に映った僕が、見知らぬ場所で疲れ果てた表情をしているのを見た時、背筋が凍った。いつもと違う暗い部屋。僕の顔には深い影が差し、まるで何かに押しつぶされているかのようだった。どうしてそんな顔をしているのか分からないが、確かにそれは未来の僕だ。


「何が起こるんだ…?」と不安に駆られ、鏡に映るその未来を避けるため、予定を変え、行動を見直してみた。しかし、鏡に映る自分の姿は変わらない。むしろ次第に暗く、疲弊していくように見える。


その夜、僕は鏡に向かって思わず叫んでしまった。「どうしてこんな未来が映るんだ!僕は何を間違えたんだ!」


すると鏡に映る僕が、ふと微笑んだかと思うと、まるで僕自身に語りかけてくるように言った。


「君は未来に囚われすぎたんだよ。知るべきでないことまで知ろうとして、自分の人生を見失ってしまったんだ」


僕は息を呑んだ。確かに、いつしか僕の生活は、鏡の映像に合わせて動くものになってしまっていた。自分の意志や選択は、鏡の未来によって左右されていたんだ。


翌朝、僕は鏡を骨董屋に持っていき、返却を申し出た。店主は「やっぱりかい」と笑い、僕の顔を見てうなずいた。


それからというもの、僕は鏡に映る未来を覗くことなく過ごしている。未来を知らずとも、日々の選択が自分でできる生活は、不安がないわけじゃないけれど、どこか清々しい気持ちがした。僕はようやく、未来を知らないことがもたらす自由と楽しみを取り戻したのだ。


人生には、知らないほうが良いこともある。僕はこれから、鏡に頼ることなく、自分の足で未来へと歩いていくつもりだ。

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