隣のクラスの姫君を拾ったので、子供達から好かれる先生に改造してみた

鷹九壱羽

〔一章〕ボーイ・ミーツ・プリンセス…?

Episode-1

 薄暗い部屋の中に、窓から陽の光が差し込んでいた。

 布団の中から、机の上で充電しているスマホに、恐る恐る手を伸ばす。

 ……大丈夫。まだアラームは鳴っていないハズだ。

 そう期待しながらスマホのディスプレイに指を触れさせ、時計を確認する。


「八時五分……」


 いや、まだ確定したワケじゃない。スマホの時計が狂っている可能性だってある。

 縋るような気持ちで部屋の壁に掛けている時計を見た。

 短い針が数字の八を、長い針が数字の一を指していた。

 悪あがきに自分の頬をつねる。痛い。夢でもないようだ。

 ゆっくりと深呼吸をしながら、現実を受け入れるためのタイミングを計る。

 大きく息を吸って、覚悟を決めて、そして……。


「遅刻するーーっ!」


 叫びながらベッドを飛び出した。

 部屋を出て真っ先に洗面所へ向かい、乱暴に顔を洗って、粗雑に歯を磨いて、部屋に戻って制服に着替える。

 鞄を開けて忘れ物が無いか確認しようとしたけど、そんなに冷静に考えていられなかった。

 もういいや。財布さえあれば何とかなるだろ。


琉夏るかー? 朝ごはんは?」


 リビングから母さんの声が聞こえてきた。


「そんな時間ないっ! ケータイのアラームが鳴らなかったんだから!」

「ちゃんと鳴ってたわよ? 自分で止めていたじゃない」


 嘘だろ……。全然記憶にないんだけど。

 寝たままスマホを操作するとか、この身体はどんだけ器用なんだよ。


「だったら起こしてくれればよかったのに」

「そんな小学生みたいなこと、いつまでも言ってんじゃないわよ。あ、頼んでいたプリント、できてるかしら?」

「部屋のパソコンに刺しっぱなしのUSBに入っている! もう行くよ、いってきます!」


 ちらっと玄関の鏡に映ったボサボサの頭に躊躇いながらも、呑気に整える時間もないので、諦めて家を出る。

 たぶんこの時間なら、バスに乗るよりも駅まで全力疾走したほうが早い。そう思ってスニーカーの紐をキュッと結びなおして走り出す。

 ぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら駅に着くと、ちょうど電車がホームに入ってきたところだった。

 慌てて飛び乗った車内には、俺と同じ制服姿の学生がちらほら見える。この時間でもホームルームには間に合うみたいだと分かり、安堵した。

 電車が二駅を過ぎるまでに息を整える。

 やがてその次の目的の駅に到着し、周りの制服姿に続いて電車を降りる。


「よー琉夏」


 駅を出て階段を降りたところで、後ろから声を掛けられた。


「あれ、賢佑けんすけ。同じ電車だったんだ」

「らしいな。ギリギリの時間なんて珍しいじゃないか」

「ちょっと寝坊した」


「夜更かしも大概にしておけよ」と賢佑が眼鏡の位置を直しながら言う。

 そのまま俺の横に並んで歩きだした。

 しばらく一緒に歩いていると、カードサイズの茶色い四角形が地面に投げ出される瞬間が目に入った。


「あのっ!」


 おそらくパスケースだと思われるそれを拾い上げて、たった今すれ違った女性を呼び止める。

 急く足を止めて振り返った女性は、何事かと怪訝そうにこちらを見ていた。


「これ、落としましたよ」


 差し出されたものを見た女性は目を丸くする。自身の鞄のポケットを確認して、それからパスケースを受け取った。

 ありがとうと頭をペコペコ下げられ、再び早足で駅の方向へ歩いていった。


「親切なんだな」


 隣で一部始終を見ていた賢佑にそう言われる。


「別に。落とすところをたまたま見ただけだって」

「それでも普通の奴は知らん顔するだろ」

「あの人が改札で困っているのを想像したら後味が悪くなるじゃん」

「だったら、琉夏はやっぱ親切な奴だよ」


 爽やかな笑みを浮かべて感心する賢佑に何と答えれば良いか分からず、俺は小さな笑い声を返すだけだった。

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