普通な彼は火に飛び込むか?

伊村修二

現在→三日前

 バイクの排気音が響く。

 ぼくが走るこの住宅街には、街灯がまばらにしかなく、深夜の一時半を回っているためか、灯りの灯っている家屋は、一軒たりともなかった。おかげで、唯一の光源といえば、バイクに設けられたヘッドライトのみであった。

 虚しく響く轟音が、眼前に広がる夜闇に包まれた住宅街が、この世界に生きている人間は、もうぼく一人のなのではないか、と錯覚させた。それほどに、この町は静かで、人の不安感を煽る空間なのだ。

 彼此、一時間と三十分間は、この道を、中古の400CCのバイクで疾走しているが、一向に目的地たる駅には到着する気がしなかった。

 何故に、ぼくが、こんな辺鄙な所に来てしまったのかを説明するには、今からちょうど三日前に端を発した出来事から語らねばならない。

 その出会いは、必然的にも、偶然的にも感じられた。神様が差し向けた、といえば、そうなのか、とぼくは納得するであろう。

 それほどまでに、あらゆる事柄が関係しあって生じた出来事なのだ。


⭐︎ ──三日前


 大学の入学式が終わり、一日が経過した。

 つい先程に初めての講義を済ませ、へとへとになりながら、ぼくは、自分のアパートの部屋に帰宅した。やはり、一コマ九十分というのは、身に堪える。高校の授業とは、まるっきり訳が違っているのだから。

「ただいま」ぼくの声が、静寂と、仄かな暗闇に支配された部屋に吸い込まれた。答える者など始めからいない。それにもかかわらず、ぼくがこの言葉を発したのは、ぼくの母親の教育の賜物であろう。

 ぼくは、いつも通りに手を洗い、うがいをした。

 引っ越してから一週間経とうというのに未だに中身の詰まった段ボールが部屋の角を占領している光景から目を背けながら、ぼくはコンビニの弁当を電子レンジで温めていた。その間に、着ていた上着をその辺に脱ぎ捨てた。壁際に設置したベッドに、ドサッ、と腰掛ける。マットレスが軋む音がした。ぼくは構わず、ズボンのポケットからスマートフォンを取り出す。画面をタップし、適当なアプリで、適当に時間を潰す。

 レンジが、機械的なベルの音を出し、弁当を温め終えたことを知らせる。ぼくはスマートフォンをベッドに落とすようにして置き、立ち上がった。足元にあるちゃぶ台の上にあるものを傍に避ける。

 弁当は、容器すらも熱かった。温めすぎたかな、と思いつつ、ぼくは弁当をちゃぶ台まで運んだ。

 その時ふと、スマートフォンの画面が点灯した。ぼくは目を凝らして、見た。メールの通知のようだ。お馴染みのメッセージアプリのアイコンが目に入ったのだ。ぼくは、弁当をちゃぶ台に置き、メッセージの送り主と、その内容を確認した。

 友人の相馬あいばからの連絡だった。相馬とは、高校からの友人で、同じバイク好きということもあってか、そこから友達になった。それからは、共にバイクの免許を得るために、夏休みを潰して合宿に参加したり、訳もなくバイクで遠くに行ったりした。そんな相馬も、奇しくも同じ、地元の大学に進学したのだ。

 相馬からのメッセージには、こうあった。

〈明日新歓パーティがあるらしいけど来る?〉

 と。

 明日は確か、日曜日であった。ぼくは特に何も用事がなかったので、軽く、〈いく〉と返信した。

 数秒しないうちに既読がついた。その五秒後には、ぼくの返信に対する返信があった。

〈おっけ 幹事の人にそう送っとく〉

〈そのパーティって何時からやんの〉ぼくは彼に訊いた。

〈六時からだって そっから九時くらいまで〉

〈ありがと〉

 と、ぼくが送ると、どういたしましての意味を込めたのであろう絵文字が送られてきた。ぼくは、同じようなやつで返信してから、メッセージアプリを閉じた。

 ふと、弁当に目をやった。そういえば、と思う。そういえば、箸持ってきてないや。ぼくは立ち上がり、台所から箸を持ってきた。

 食べようと、弁当の蓋を開けた。驚くほどに、緩かった。

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