第5話 お貴族様
「私がやります!」
大金に釣られて思わず名乗り上げてしまった。隣で色々と教えてくれたおじさんは驚いているし、他の人たちも場違いな私を見て驚きや困惑した顔をしている」。
「へぇ、女の子かぁ」
「女ではダメですか?」
私は広場の中央、お貴族様の前に立つ。
「いや、誰でもいいと言ったのは僕だ。ただ、君みたいな可愛い女の子、ましてや子供に剣を向けるのは気が引けてね」
一応、成人しているんだけどね。とは言えそうにない。
「それでも戦えるのに挑んでこない奴よりは根性がありそうだ」
「お手柔らかにお願いします」
お貴族様が剣を構えたので私も……あっ。
「どうしたんだい?君も剣を構えなよ」
どうしよう、剣が壊れたままなのすっかり忘れていた。鍛冶屋から衣服だけじゃなくて剣も待っていけば良かった……。仕方がない、短剣で戦おう。
「すいません、この剣は飾りなので短剣で戦わせていただきます」
「構わないよ、お先にどうぞ」
先に攻撃して良いようなので遠慮なくいかせてもらおう。お金がかかっているのだ、様子見せず全力でいく。
大丈夫、この人の動きはもう覚えた。
「なに!?」
この人は攻撃を受け止めようとしない。受け流して相手の体制が崩れたところに攻撃をしてくる。そして、素早い身のこなしで相手を翻弄しさらに攻撃……と自分のペースに持っていくのがこの人の戦い方だ。
私は相手のペースに持っていかれないようにわざと攻撃を止めたり、不可解な動きをして逆に翻弄した。
「まるで僕の動きが分かっているみたいな立ち回りだね」
「先程の戦いを見させてもらったので」
「なんと!たったのそれだけで僕の攻撃をよんでいると?」
「動きを覚えただけです。このように受け流したら蹴りを加えて相手の体制を崩そうとしてくるのでしょ?」
バックステップで蹴りを避けながら話を続ける。
「ここまで攻撃が当たらないなんて笑いたくなるね」
「余裕そうですね」
「まあね。賢い君なら理由も分かるんじゃない?」
賢いかは分からないけれどこの人が余裕な理由は分かっている。
確かに動きを覚えて攻撃を予想、避けたりは出来る。でもそれだけ。実際に私の攻撃は綺麗に受け流されているし当たらない。お互いが同じ状況になっている。
そうなるとどうなるか……元の技量の差が出始める。
「はぁ、はぁ」
「かなり、考えて動いているし疲れるのも無理ないよね」
私は相手を見て、動きを真似て、自分の技量を誤魔化して戦っている。新しい動きをされたらその場で修正してなんとかしているだけ。
時間が経つにつれて不利になるのは私だろう。
「うっ!」
急な眩暈で視界がぼやけた。私は頭を押さえて膝をついてしまう。
そういえばエレノーラさんが「まだ血が足りないと思うから激しい動きをしたら駄目よ?」って言ってたなぁ。
「ここまでのようだね」
「はい、私の負けですね」
お金は残念だったけど良い勉強になった。レッドグリズリーは強かったし死にかけたけれど動き自体は単純だったからなんとかなった。今の私には技量や体力、何から何まで足りない。
「僕が勝ったから銀貨はあげられないけれど変わりにこれをあげるよ」
「これは……?」
手渡しされたそれは高そうな宝石のついた首飾りだった。それになにか模様が入っている。
「ちょっとしたプレゼントさ、家紋があるから何か困ったらそれを使うのがいいよ」
「いいんですか?銀貨より高価そうなんですけど」
「気に入った子には目をつけたいからね。売ったりはやめてよ?」
「はい、ありがとうございます!」
「では、僕はこの辺りでおさらばさせてもらおうかな」
そう言って馬車に乗り何処かへ行ってしまった。
「あ、私、名前言ってない」
おまけに名前を聞いていない。まあ、いいか。また会えると思うし。
私は丁寧に首飾りを仕舞ってその場を去った。
「疲れた身体にはお肉だよね!」
長い間、戦っていたようで空が暗くなり始めていた。
「ギルドマスターの約束があるけど……お腹空いたしご飯食べてからで良いや」
私は月見宿に戻って1階にある酒場でご飯を頼むことにした。
かなりの席が埋まっていて人が沢山居たけれどなんとかカウンターの1席を見つけて座る。
「すいませーん。このステーキ定食を1つお願いします!」
「はいよ、飲み物は何にする?」
「うーん、水でお願いします」
一応、成人しているからお酒も飲める。でもあんまり美味しく無いしこの後、ギルドマスターに会いに行くから水で十分だ。
「ステーキ定食だ。たっぷりと味わいな」
「おおっ!」
ちょっと高かったから今日限りの贅沢。私の王都に来た記念だ。
美味しそうなお肉に私は夢中で食べ尽くした。
「さて、お腹もいっぱいになったしギルドマスターの所に行こう」
月見宿から冒険者ギルドは結構近い、その点でもオススメの宿ということだろう。
「ギルドマスター、来たよ」
「おお、来たか。解体や換金は一通り終わっているぞ」
ギルドマスターの部屋に入るとお金が入っているだろう袋とレッドグリズリーの素材が机の上にあった。
「諸々の解体費などを除いた金額、銀貨25枚だ持ってけ。ご所望の毛皮と爪もあるぞ」
「こんなにもいいの?」
「ああ、もちろんだ」
「ありがとう!これでしばらくは生きていけそう」
かなりの大金で持ち歩くのが怖いのが問題と思っていたのだが、冒険者ギルドがお金を預かってくれるらしく早速お願いした。冒険者カードを受付に渡せばお金を引き出せるらしい。
「ところで、ガイル達から聞いたんだが、マヤは勇者を探しているんだってな」
「お兄ちゃんの事、何か知ってるの!?」
「詳しいことはガイル達が言っているだろうが国のお偉いさんしか知らんだろうな。俺が知っているのは数年前に魔界に行ったきり帰ってこないことくらいか?まあ、魔界のゲートに入って帰ってきた奴なんていないんだが」
「やっぱりお偉いさんかぁ」
「そこでマヤにとっての朗報がある」
「朗報?」
ギルドマスターがいい手があると言ってきた。うまくいけばお偉いさんと話すことくらいなら出来る可能性があるらしい。
「これを見てくれ」
目の前に出されたそれは、何かが書かれた紙だった。
「なになに……ダンジョン攻略の為、兵士を募集?」
「ああ、短期ではあるが国が兵士を募集するらしい。勇者の一件で優秀な兵を失っているからかもな」
普段はこんな突発的に募集などしないらしく、何かしらの事情があるとギルドマスターが言っていた。
「兵士になったとしてもお偉いさんと話なんてできる?」
「ダンジョンで成果をあげればだな。マヤなら大丈夫だろ」
「そんな簡単じゃないと思うんだけど……」
期間は一か月。一か月の訓練後に冒険者ギルドと合同でダンジョン攻略すると渡された紙に書いてある。
「あれ?冒険者ギルドと合同ならわざわざ兵士にならなくてもよくない?」
「それについては色々と理由があるが一番の理由はダンジョンに入るためのマヤの冒険者ランクが足りない……だな」
「あー」
私は冒険者登録したばっかりの新人。よく見たら"合同参加出来る冒険者はギルドマスター推薦の高ランク冒険者に限る"とも書いてあった。
「スマンが特別扱いで昇級は無理なんだ。マヤなら自力で高ランクになれると思うが昇級試験がそもそも一か月に一度しかない」
「確かにそれなら兵士が一番だね」
なれるかどうかは別として。
「試験は明日だ」
「明日!?急すぎない?」
「二日前に出た情報だが確かに早いな。国はどうやら急いでダンジョン攻略したいらしい。理由は分からん」
もう夜だし寝たらすぐじゃん!そうと決まったら早く準備しないと。
「準備した方がいいものはある?」
「特にないと思うが……使い慣れた武器くらいか?」
「使い慣れた武器はこんな有様なんだけど……」
鞘から抜いて刃がない無残な剣を見せる。
「……俺の大剣でよければ貸すが?」
「え、遠慮しとく……」
ギルドマスターの目線の先には私の身長くらいある大剣。あれでは持ち上げれるかも分からない。
帰りに鍛冶屋に寄って素材を渡すついでに適当な剣を貰っていこう。
「武器は自分でどうにかするよ」
「急な事でスマン」
「じゃあ、私は鍛冶屋に行くよ」
「ああ、頑張ってな」
私はギルドマスターと別れてガレット鍛冶屋へ向かう。空はすっかり真っ暗なのに街灯が明るく照らしていて道のりに迷うことはなかった。
あの失礼な人、まさかまだ寝てたりしないよね?
「いらっしゃ……って今朝の薄汚れた子じゃん」
「もう薄汚れていない!着替えたし!」
扉を開けるといきなり失礼な事を言ってくる。寝てはいなかったけれどやっぱり失礼な人だ。
「ごめん、ごめん。素材を持ってきてくれたんだよね?」
「はい、これ」
「おおっ!いい素材だね。これはいい武器が作れそうだよ」
レッドグリズリーの素材を渡す。一応、ちゃんと剣を作る準備はしてくれていたらしい。
「あと急遽、武器が必要になったから適当に武器持ってっていい?いいよね?」
「い、いいけど……急な依頼でも出されたの?」
「まあ、そんなとこ」
私は明日、兵士の入団試験をすることをこの人に話した。
「なるほどね。そういうことなら……ちょっと待ってて!」
奥の方に行き、ガチャガチャと音を立てて何かをやっている。そして剣などを色々持ってきて私に渡してきた。
「はいこれ、入団試験するのに防具の一つもつけていないのはカッコ悪いでしょ?サイズの合いそうなやつ探したから使って」
ガントレットや胸当て、頑丈そうなブーツなど渡された物を全て装備した。
動きを阻害するようなガチガチの装備ではなく、軽装で各箇所を守る動きやすい装備だ。
「なんでピッタリサイズが分かったの?」
「それはアタシの観察眼かな?」
「ちょっと気持ち悪いけどありがとうと感謝しておく」
剣もしっかり装備する。ズッシリと重みのある剣だ。
いや、重さを感じるのは私の装備していた剣が刃無しだったからだ……。
「ちなみにその長剣はあんまり魔力を纏わせないでね?多少なら耐えられるやつを探したつもりだけど限界ってものがあるからね!」
なるほど、ちょっとなら大丈夫と。
「それじゃ、明日に備えて寝るよ」
「頑張れ〜。レッドグリズリーの装備は……一週間くらいで出来ると思う。他に客が来なければ」
「なら大丈夫だね!」
「おい!」
私が外に出ようとしたら呼び止められた。
「ちょっと待って」
「何?」
「まだアタシ、貴方の名前知らない事に今気づいた」
「確かに私も知らない」
振り向くと向かい合って丁度目が合った。
「アタシはガレット鍛冶屋の店主、メモリア・ガレット!よろしく!」
「え、お貴族様なの!?」
家名持ちということはお貴族様しかありえない。
「お父様……父がなんかして貴族になっただけでアタシは偉くもなんともないから一般市民だよ。それより貴方の名前は?」
今日はお貴族様によく会う気がする。
「私はマヤ、ただの一般市民だよ」
「マヤね!貴方とはいい付き合いが出来そう」
握手を交わして私は宿へと戻った。
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