突然告白してきたクール美少女、その恋愛観が終わっている。

ねむいきなこもち

第1話

高校二年生の春。


クラス替えがあり、何かあれば喋る顔見知りが四分の一、残り四分の三は名前と顔すら一致しないという、やや運の悪いクラスを引き当ててしまった。


それでもなんとか皆と友達になる!というような前向きな性格ならよかったのだが、俺はどうにも受動的で、友達ができないならそれはしょうがないと既に諦めが付きはじめている。


ラノベやアニメだったら、クラス替え初日で何か大きなイベントがあって、それに巻き込まれて友達と彼女ができて……とか期待しなかったといえば噓になるけれど、当然そんなことは起きるはずもなかった。


ただそんな中でも運が良かったのは、席が窓側になったことと、何より右隣が学年一の美少女・三月葵みつきあおいになったことだ。


三月はいわゆるクール系美少女。ボブの黒髪はシルクのようにさらさらで、それでいてすとんと纏まっている。彼女の目線はよく窓の外に向けられていて、その瞳はいつも静か。物憂げに何かを考えているようだった。


麗しいという言葉がぴったりな三月は、当然学年問わずファンが多い。それも男子と女子のどちらからも人気があるので、誰もがうらやましいと思うポジションのはずなのだが、それを気にもしていない三月の様子が、さらにファンたちの心を掴んでいる。


それに対して俺・下鶴蛍しもづるほたるは、名前こそそれっぽいものの、特に取り立ててかっこいいところがあるとは自分でも思えない。三月の隣になると分かったときは正直少しうれしかったが、クラス替えからしばらく経ち、そんな気持ちも薄れていった。


というか正直、下手に関わりたくない気持ちの方が大きくなっていた。三月のファンは当然このクラスにも沢山いて、もっと言えば三月のことを狙っている男子は数人いるらしい(らしいというのは、世間話をする友達などそうそうおらず、クラスメイトの会話を耳に挟んだだけだからだ)。


「三月さん、いいよな」

「いやでも、さすがにお前じゃ釣り合わなさすぎる。早く諦めたほうが自分のためだぞ」

「そうなんだよ!でも諦めきれないよな……」


なんて会話は日常茶飯事である。ここで下手に俺が三月に話しかけようものなら、クラス中の視線が俺に集まって、面倒な事態になるのは目に見えている。


だから自分の身を守る安全策として三月に話しかけないし、三月のほうを見るのも意識的に避けるようになっていった。


三月を意識しすぎているようでちょっとダサいかもしれないが、どうせこの努力を共有する友達もいない。とにかくこの学校生活を平和に過ごすためには、何より波風を立てないことが最優先だ。


***


そんなある日のこと。


三月が移動教室で一足先に教室を出たとたん、クラスは彼女の話題で持ちきりとなっていた。教室の奥の方で男子が話している。


「ねえさっきの見た?三月さんのヘアピン。なんか大きい赤いハートのやつ付いてたよね」

「ちょうどその話しようと思ってた。あれって何かのアピール?もしかして僕に対するアピールかな?」

「んなわけあるか!」

「でも突然あんなの付けるの初めて見た。もしかして彼氏できたんじゃ……」

「でもそれは思った。いきなりで不自然すぎるし」

「うわー萎える。今日は僕を慰めてね」


なんで脈無しのクラスメイトの男子同士で慰め合うんだ。と突っ込みを入れそうになったが、相手が三月なら仕方ないだろう。そそくさと荷物をまとめて移動教室に向かおうと振り返ると、なんとそこに三月が立っていた。


「えっ」


しまった!と思ったときには遅かった。もうとっくに教室を出ていったと思った三月がそこにいたことで、反射的に声が出てしまった。しかもすごいキョドった声だし。最悪のファーストコンタクトだ。


そこで三月が口を開く。


「ねえ失礼だけど、お名前はなんていうの?」


ん?どういうことだ?


瞬時に状況を整理しようとするが、頭が全く追い付かない。どうやら忘れ物をして戻ってきたらしいということまでは掴めたが、なんで俺の名前を聞く?


三月は相変わらずとてもきれいで、その瞳は落ち着いている。今日もクールで麗しくてかわいい、というかそうじゃなくて。


クラス中の視線が俺と三月に集中するのを感じた。これはなんて返すのが正解なんだ?走って逃げる?いやますます状況が訳わからなくなるし……


「し、下鶴しもづるです」


完全に挙動不審だが、なるべく三月の奥の方を見るようにしながら、反射的に苗字を口にした。何が目的かは全く不明だが、とりあえずこういうことでいいんだよな?


何か気に障ることをしたのかと、心臓が急に脈を打っているのを感じる。


「下鶴さん、ね……逆にありかも」


三月がなにかぶつぶつ呟いている。なにが「あり」なんだ?


というか何が「逆に」?


ただでさえあまり人と話さない学校生活なので、目の前の美少女が名前を聞いてくれたという事実と、それに見合わない緊張感で、混乱はピークに達していた。


そこでにわかに、三月が口を開く。


「ねえ下鶴さん。私と付き合ってみない?」

「え」

「ねえ。何びっくりしてるの??」


たった今、三月が言った言葉が脳内で反響する。冷や汗がとてつもない勢いで流れ始めているのを感じた。あれ、「私と付き合ってみない?」てどういう意味だっけ。いやそのままの意味だよな……。


変な冗談だ。


そう思い込むしかなかった俺は、この美少女と俺にこれから起こる事態など、予測できるはずもなかった。

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