2話 温もり(1)

 青年、佐倉聖さくら きよ。聖くんに連れられるまま、おさないあたしはリビングにやって来る。


かかえられてた時には気づかなかったけど、聖くんはが男の人の中でも高いんじゃないかって幼いあたしは思った。


 聖くんが4つあるダイニングチェアの内1つを持ってける。魔法まほうで子供用のを出現させた。そして避けたダイニングチェアが元々あった場所に、子供用の椅子を置く。


 瞬間移動の魔法なのか、物を創造そうぞうする魔法なのか、当時とうじの幼いあたしには分からなかった。


すわって。手も服も魔法でよごれは取ってある」


 そう言われて自分の両手りょうての手のひらや衣服いふく確認かくにんした。森のしげみにかくれた時についた葉や草、土汚れとかが消えていた。


 顔を上げる。いつの間にか沢山たくさんパンの入ったバスケットが、ダイニングテーブルの上に置いてあった。


「それ先食べてて。ほかにも用意するから」


右横みぎよこかべ沿ってたてに置いてある流しで、トマトをあらいながら聖くんが言う。それが流し台シンクって言う事を、当時のあたしは知らなかった。


 幼いあたしは子供用の椅子に座って、バスケットの中のパンに手をばす。しぶどうの入ったぶどうパンを手にした。


 そしてあたしは左横ひだりよこにかけてあった時計とけいに目を向ける。時間は午後の5時前だった。


 幼いあたしは後でどれくらいてしまったのか聞こうと思った。


 聖くんは手際てぎわよく作業を進める。レタスとトマトのサラダを作って、ドレッシングの入ったビン一緒いっしょに持ってくる。コト、と音がしてテーブルの上に瓶が置かれる。


 聖くんは幼いあたしにスプーンを差し出した。


「これかけて食べて」


 聖くんの言葉に瓶のフタを開けてスプーンでドレッシングをすくってかける。聖くんはそれを見てまきオーブンのそばに行くと、薪オーブンに魔法で火をつけた。






 目玉焼きとベーコンを皿に乗せて、持ってくるとテーブルの上のあたしの目の前に置く。そして皿の上にフォークを置いた。


りなかったら他にも用意する。多かったら残していい」


 そう言って聖くんはあたしの前の椅子に座った。


「あの、ありがとうございます……それから、どのくらい私は寝てましたか」


「……昨日、午後に助けてからずっと」


 その言葉に、目を見開みひらいて、1日以上寝てたんですか! とあわてる。追っ手が近くまで来てたらどうしよう、そう思ったためだった。


 その様子に、聖くんは落ち着いたまま口にした。


「安心してよ。あんたは俺がまもるし、ここは強力な結界けっかいってあるからそうそうない」


 ……ここはあんたと再会さいかいした場所から国をいくつもえてるし。そう続ける聖くんの言葉に、幼いあたしはホッと安堵あんどした。


「……――ここは、なんの国に近い場所なんですか?」


「……なんで?」


 表情を変えずに静かに言う聖くん。き返されるって思ってなかった幼いあたしは面食めんくらう。それでも、幼いあたしはその言葉に答えた。


げるあてがほしいんです」


 その言葉に、聖くんは少しの間、口をじる。何を考えているのか、幼いあたしには見当けんとうもつかない。


 聖くんは少しすると口を開く。


「隠して不信感ふしんかん持たれてもこまるし言ってはおくけど。あんたがそこに逃げても、ひとりじゃつらいだけ」


「辛い……? どういう意味ですか?」


「まず言葉がちがう。──気づいてる? 俺が通訳つうやくの魔法使ってるのを」


 幼いあたしは意味を理解した。言葉がまず通じない。そう言いたいんだと思った。


「通訳の魔法なら、私も使えます」


 そう答えれば、聖くんはくわえて言うんだ。


「ここは光陽こうひ王国の内部だけど、王都おうとまで行くのに盗賊とうぞくとかもいる。中には魔法を使うヤツもいる」


 そいつらを、ころせとは言わないけどたおせる? そのふくろに入ってるたからを、られずに守れるの? そう、聖くんは左指ひだりゆびを指して幼いあたしに問う。


「だから助け合えるだれかがそばにいた方がいい。知識のあるヤツなら尚更なおさら


 続けて聖くんはそう言った。そしてさらに続ける。


「俺は光陽王国出身しゅっしんで王都の事もくわしい。たよるならもってこいだと思うけど」


 あたしはどうしたらいいのか分からずに、こまった顔をして口を開いた。


「助けてもらったのはすごくうれしいです。でも、迷惑めいわくはかけられません」


うつむいて口にするその言葉の最後は、力が入ってなかった。


 ――頭に、やさしいぬくもり。よしよし、というように聖くんは幼いあたしの頭を、優しくでていて。


 顔を上げれば、聖くんは優しい眼差まなざしを向けていた。


「俺がきでやってる。――だから俺を頼ってよ。かならず、あんたの事をまもるから」


 その優しく口にされた言葉は、誰に向けた言葉だったのか。そんな事、幼いあたしは考えもしない。


 それでも、幼いあたしはその言葉が嬉しくて。


なみだが、あふれてきたんだ――



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