36.セント・ローレンス修道院③ ソロモンス大司祭 ふぉっふぉっふぉ
――深い森を抜け、外界と唯一繋がる石造りのアーチ橋を渡り、崖壁に孤城のごとく建つセント・ローレンス修道院へと、足を踏み入れた。
長い長い回廊を進み、入り組んだ修道院の中に張り巡らされた階段を上っては下り、一同はカロリナ司祭に大司祭室へと案内された。
「――ごめんくださいまし、ソロモンス大司祭様。イストランダからのお客人を、お連れいたしましたわ」
カロリナ司祭が大司祭室のドアをノックすると、中から勢いよく一人の老人が飛び出してきた。
「ふぉっふぉっふぉ。よくぞ遥々お越しくださった。イストランダの
セント・ローレンス修道院が危機に瀕するなか、救いの手を差し伸べてくださることを、心より感謝と歓迎いたしますぞ」
老人は、一人一人に握手を求めてまわった。エルは、目の前の老人に親近感を覚えた――目の前の老人は、第1史徒サンマルコを思い出させた。床につきそうなほど長くたわわな白い髭、目尻の下がった瞳は人徳の厚さを感じさせた。老人に促され、一同は大司祭室へと足を踏み入れる。
「わしは、セント・ローレンス修道院の大司祭ソロモンス。主、聖ヨハネウスに仕えて120年――そのほとんどを、このセント・ローレンス修道院で過ごしておる」
ソロモンス大司祭は、一同の面々を見渡したのち、エルを見て懐かしさを覚えた。
「ふぉっふぉっふぉ、そなたのような若い史徒に会うのは、久しぶりじゃのう。わしはそなたくらいの歳のころ、当時は新米
その頃わしは、ここセント・ローレンス修道院で学びの修道士生活を送っておった。そこへ検閲任務に赴いたのが、サンマルコじゃった」
「えっ!?サンマルコおじいちゃんも、新米の頃、このセント・ローレンス修道院で、検閲任務をしたことがあったの?」
エルは、ソロモンス大司祭が語るサンマルコとの若かりし頃の思い出話に、食い入るように興味を示した。
「そうじゃ、そうじゃ。100年以上も昔の話じゃ――懐かしいのう。聖女ローレンスの著書『魔法薬学大全』シリーズを正典認定するための、検閲任務じゃった。
わしはそのとき、人生で初めて
ソロモンス大司祭は、懐かしいその頃に、想いを巡らせているようだった。
「あぁ、聖女ローレンスの『魔法薬学大全』シリーズなら、僕も文書館で読んだことがあるよ!――確か、10巻以上続く超大作だったね」
「ふぉっふぉっふぉ、素晴らしき書物、シリーズ
エルは、ソロモンス大司祭の『全13巻』の言葉に、若干の違和感をおぼえた。
――しかし、ソロモンス大司祭の続く言葉の衝撃に、その違和感はエルの意識から消え去った。
「正典認定の検閲にあたって、サンマルコとわしは、『魔法薬学大全』に宿りし聖女ローレンスとも、会いまみえたのじゃ。なんとも神秘的で奇跡のような体験じゃったのう。――しかし、じゃ…」
夢見心地で当時のことを想い出しているソロモンス大司祭であったが――次の瞬間に表情を曇らせた。
「……しかし、サンマルコが1つ、気掛かりなことを口にしたのじゃ。検閲任務も無事終え、聖ヨハネウス史徒文書館への帰路につくとき、『もう1冊、強大な魔力を宿した書物の存在を感じる』と――サンマルコは、わしにだけその秘密を伝えたのじゃ。わしは100年以上たった今でも、その言葉をよく覚えておる」
ソロモンス大司祭の話に、ルシフィーが疑問を呈した。
「その……当時サンマルコ様は、修道院図書室内に、強大な魔力を宿した書物の存在を『感じる』とおっしゃったのですね?――サンマルコ様とソロモンス大司祭様は、その書物を見つけ出すことは、なさらなかったのでしょうか?」
ルシフィーの疑問は最もで、検閲任務中に思わぬところで、当初の目的とは別の聖なる魔力を宿した書物に出くわすことは、度々あることであった。――そんな時は、その書物も併せて正典認定をとるように、手続きを進める。
ルシフィーの疑問に、ソロモンス大司祭は首を横に振った。
「サンマルコとわしは、その書物を見つけ出すことが、できなかったのじゃ。なんとか探し出そうとしたのじゃ。存在は確かに『感じる』――しかし、書物はわしらの前に姿を現すことはなかったのじゃ。
――あれから100年以上もの長き歳月が経ち、わしはセント・ローレンス修道院の大司祭となった。そして、大司祭となったわしにも、書物の宿す魔力というものが、わずかながらにも感じられるようになっておった。
図書室内にある書物、1冊1冊に秘めたる魔力を感じる――しかし、わしにもやはり1冊だけ……底知れぬ魔力を宿した書物の存在を感じる……。しかし、見つけ出すことができぬ書物があった。――恐らく、これがサンマルコも『感じた』1冊じゃろう」
大司祭という神の加護を受ける地位にもなると、書物の魔力を少なからず感じとったり、魔力を実践したりするくらいになることは、多々あることだった。
「――ずっと姿を現すことなく、ただ存在を感じていた書物……。じゃが、2か月ほど前…ふと忽然と、その存在が感じられなくなったのじゃ。どこへ行ったのか、誰に持ち去られたのかは、わからぬ。じゃが、間違いなく図書室から、存在を消してしまったのじゃ」
ずっとその姿を現さなかった書物が、何者かに持ち出された……エルを含めて皆、『大罪の黙示録』の、所有者に相応しい者の前に姿を現す、という特性と、ソロモンス大司祭のいう書物との一致に、息を呑んだ。
「――それを境にじゃ……。このセント・ローレンス修道院で、忌まわしき事件が起こるようになった。
年若き修道士たちが、忽然と行方不明となる。修道院としても何度も調査したのじゃが、原因がわからなんだ……。本人の意志で消えているのか、――あるいは、何者かが悪さを働いておるのか…どこへ消えたのか。
わしは、古き友であるサンマルコに、多発する行方不明事件のこと、サンマルコが感じていたであろう書物の存在が消えたことを、便りで知らせたのじゃ。――そして、此度そなたらが派遣されてきたのじゃ」
ソロモンス大司祭は、大司祭室の中庭に面するステンドグラス窓を開けた。中庭では、農学の授業中の修道士たちが畑で野菜を収穫していたり、畜産学の授業中の修道士たちが家畜棟の掃除をしたりしていた。
ソロモンス大司祭は彼、彼女らに手を振り、一瞬物憂げな表情をした。そして、くるりとエルらのほうを向き直った。
「
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