24.聖ヨハネウス史徒文書館⑥ 史徒、集結
夕礼の鐘が鳴り響く。文書館の総勢100名(小人、妖精、幽霊などを含む)が礼拝堂に集まった。
ヨハネウス史徒文書館では、1日3回ある礼拝を、史徒が交代で執り行う習わしとなっていた。
「今日の夕礼は、第2史徒ルイスおばあちゃんの当番だね」
「ルイスばあさんの話は、眠くなる」
「ルイスおばあちゃん、自分で話しながら寝ちゃうときあるもんね」
「――エル、リアード。年長者は敬わなければなりませんよ」
礼拝堂に向かうエルとリアードが、ひそひそと話していると、厳格さと生真面目さを絵に描いたような老齢の婦人――第4
上のほうで固くひっつめて纏めた白髪に、上まで閉めてきっちりと着込んだローブは一糸も乱れたところがない。
「っ!マ、マグノリアおばあちゃん」
マグノリアの登場に、エルはびしっと背筋を伸ばした。
「エル。あなたは、
私がこの数年間で、あなたに教えた
エルは、書物の魔力の使い方や
何だかんだと厳しくも面倒見のいいマグノリアは、謂わばエルの『先生』なのだ。
「はい!…ほんの僅かくらいには」
エルのまっすぐ正直な返答に、マグノリアはこめかみを押さえて、ため息をついた。
「…もうよろしい。さあ、礼拝堂にお入りなさい。
…ルイス様のありがたいお言葉を聞くことができず残念ですが、今日の夕礼はサンマルコ史徒長に変更です」
礼拝堂のなかは、聖カルメア教会での事件に、文書館事務局長の辞任、『7つの教会』の招集……真実に憶測が混じり様々な噂話で騒めいている。
「静まるのじゃ!」
祭壇に上がったサンマルコの一言で、ピタッと騒めきが止む。
「――よかろう。皆が騒めき立っているのは、昨晩の…第11
◆
「――というのが、此度の経緯じゃ」
サンマルコの話には、隠された箇所がいくつかあった。
1つに、『大罪の黙示録』は聖ヨハネウスの罪告白書ではなく、悪魔が神に対して犯した罪についてを記述した書であると説明された――超悪魔的な書物というわけだ。
反十字教結社『ハコブネ』も、聖ヨハネウス十字教に対する反乱分子としてではなく、その超悪魔的な書物『大罪の黙示録』を手にして国の転覆を目論む、テロ組織――黒魔術的な秘密結社として説明された。
――サンマルコは、神への信仰に歪みが生じかねない事態を避けるべく、公には一部を秘密にするつもりなのだ。
そして当然だが、ここ聖ヨハネウス史徒文書館が、『大罪の黙示録』序章と第1編を所持していることは、秘密だ――ここ文書館内に敵の内通者が潜んでいる可能性があり、それが誰か分からない以上、敵にその存在を知られる可能性があるからだ。
礼拝堂内の一同が再び騒めき出すなか、1人の禿げた老人が手を挙げた。
「サンマルコ第1史徒長よ――その『大罪の黙示録』の中身を読んだのかね?どんな内容じゃった?」
知的好奇心を隠せずにいるその老人は、第3
ベラスケスは
「ベラスケスよ、今それを教えることはできぬ。じゃが、『大罪の黙示録』は発見すれば宿る魔力からも、それがその書物であることは誰にも分かる代物じゃ」
皆が息を呑む――皆が、恐怖と不安に駆られている。
「現状、我らが持つ対抗力はただ一つじゃ。――アイリスよ、起立じゃ」
サンマルコに声を掛けられ、アイリスがおずおずと戸惑いながら立ち上がった。
「皆に紹介しよう。この者は、ドラコーンの森に棲まうアミリア族の部族長の娘、アイリスじゃ。
皆も、アミリア族がドラコーンの森から大いなる加護を受けておるのは、知っておろう?その族長の娘であるアイリスの受ける加護は、悪魔の書『大罪の黙示録』を凌駕しうる力じゃ。
実際に、我輩と
ゆえに、我輩はアイリスをイストランダで保護することにしたのじゃ。皆も快く受け入れてやってくれるよう頼もうぞ」
絶望的な状況にアイリスという一筋の光明が差したことで、皆がわぁっと拍手と歓声を上げた。
「――そして、皆に報告がもう一つ。聖女帝マリア・テレアは、明日『7つの教会』招集会議を催す。
これからの闘いに備えるべく、イストランダ大聖堂に、7地区の代表『7つの教会』が緊急集結する。
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第8史徒ロゼリアは…あやつは、またサボりじゃが、夕食時には部屋から出てくるわい。あやつも明日の会議はサボることは許されぬ」
サンマルコはたわわな白髭を手でいじりながら、決まりの悪い顔をしている。
「書物が相手となる此度の戦いにおいて、文書館の担う役割は重要じゃぞ!
国の運命が、ここにいる皆の働きに掛かっておる。心しておくようにのう」
皆が、恐怖と不安に打ち勝つように、使命感と覚悟で奮い立っているのが感じられる。
「さあ、今夜は我らが神に祈るのじゃ――主よ、我らの往く道を明るく照らし賜う…アーメン」
◆
夕礼のあと、誰よりも早く食堂へと足を踏み入れたエルの視線の先には、驚く光景が広がっていた。
「うわぁ!オランジェ厨房長ったら、どうしちゃったんだろう!」
2列に並んだ長テーブルの上には、いつもの固いパンに豆スープ――ではなく、豪華な食事が所狭しと並んでいる。
大きなローストターキーにオーブンで焼いたラザニア、緑や赤の色彩豊かな野菜とフルーツに、チョコレートがたっぷりかかったドライフルーツケーキ。
「今日って聖夜祭??オランジェ厨房長、頭おかしくなっちゃったのかな?」
エルは、先ほどのバトルで自分の魔法の杖がオランジェ厨房長の頭を直撃したことを思い出して、ギョッとした。
「誰が頭おかしいって、エル坊?今日はキュートなアイリスちゃんの歓迎会さ」
厨房に続くカウンターの先で、オランジェ厨房長がアイリスに向かってウインクを寄越した。フリフリエプロンのマッチョな大男のウインクに、アイリスもギョッとした。
しかし、アイリスは皆が自分を温かく迎え入れてくれていることを感じて、胸がポッと温かくなるのを感じた。
「あっ、ありがとうございます!オランジェ厨房長!」
ペコっと頭を下げるアイリスに、オランジェ厨房長は照れに照れている。
「よせやい!さあ、愛情たっぷり予算たっぷり注ぎ込んだパーティーだよ。楽しんどくれ」
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