4.聖カルメア教会の黒い影①
商業都市ベレンツィアの中心街から20キロ程離れたブルワイン川の西岸――聖カルメア教会は、聖ヨハネウス十字教国の建国より以前の、聖歴前38年から存在する。
周囲は重厚な壁に囲まれ、4つ角には特徴的な尖塔がそびえ立っている。
そこでは、修道士から神父、司祭までの40名程度が、日々、神へ奉仕し、祈りを捧げている。
修道生活の朝の務めは午前4時に始まり、夜は夕礼の午後6時。翌日に備えて早く床につく者が多く、夜の9時ともなれば、教会全体が深い闇と静けさに包まれる。
――しかし、奇妙なことに、毎夜10時を過ぎた頃……、地を這うような獣の唸り声がどこからなのか、夜風とともに微かに聞こえてくる。
修道士たちの間では、聖カルメア教会はこの世と地獄の境目にあり、聞こえてくる唸り声は、地獄の門番ケルベロスの威嚇の声だとか、業火に焼かれる罪人たちの断末魔だとか……様々な噂がたっており、夜中に教会内を出歩く者がいれば、たちまち地獄に引きずりこまれてしまう、と信じられていた。
そんなわけで、聖カルメア教会では夜に出歩こうなどという恐れ知らずは誰もいなかった。
――その唸り声の正体を知る、ガリレア司祭以外には……
10歳のモリリスは、聖カルメア教会で修道生活を始めて、半年の新米修道士であった。カールした栗毛で幼い顔立ちのモリリスは、聖カルメア教会の修道士たちの中でも最年少である。
――その晩、モリリスは聖堂で夕方の礼拝を捧げたあと、その場にロザリオを置き忘れてしまったことを思い出して、目が覚めた。
「困ったなぁ…僕のものだって知れたら、フーゴ神父様に叱られてしまうかも…」
フーゴ神父とは、モリリスら歳の若い修道士たちの教育係を務める、厳格で生真面目な初老の神父である。
ロザリオの置き忘れなんて不謹慎なことが見つかったら、きっとお咎めにあってしまう。
モリリスは迷った末、自室をこっそりと抜け出して、聖堂へと向かった。
教会の敷地内はどこも静まり返り、いかにも不気味であった。
聖堂へと続く回廊を、足音を立てないように慎重に進んだ。――すると、聖堂の扉が少しばかり開いている。
――こんな時間に、誰かいる……モリリス修道士は、扉の隙間からそっと中を覗いた。
聖堂の主祭壇には、聖ヨハネウス像と十字架、そして周りを取り囲む蝋燭の火がゆらゆらと燃えていた
――祭壇上で、薄灯りのなか、何者かが動いているのが見えた……ガレリア司祭だ。
モリリスは息を潜めて、様子を覗いていた。
腰を屈めて祭壇の下を弄っていたガレリア司祭であったが、起き上がって、祭壇に、何かを広げた
――書物のようだ。
そして、ガレリア司祭は聖ヨハネウス像に向かって、モリリスが聞いたことのない祈りの言葉
――いや、呪いの言葉を唱えた。
「『我――『大罪の黙示録』の所有者、ガレリア。――聖カルメアの強欲の罪を背負う者。
汝、我に力を与えたまえ――』」
次の瞬間――祭壇付近に閃光が走った。
モリリスは、恐怖と、眩むような白い光に、一瞬、目を閉じた。
――目を開けると、祭壇の蝋燭は消え、ガレリア司祭の姿は、どこにもなかった…
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