5 佐藤 大郎 ⑤

 目を覚ます。アスファルトむき出しの独房のようなワンルーム。無機質なベッドに、簡易的な洗面所、トイレ。部屋の奥に鎮座する観葉植物は一面綺麗な葉色をしていた。

 その時、モニターに仮面の男が映る。


『君たちの質問には一切答えない。単刀直入に言おう。君たちには殺し合いをしてもらう』


 男は淡々と殺し合いのルールを説明する。私にはそれが、現実のものとして実感できた。

 冷静な気持ちでルールを聞きながら、私はまったく別のことを考えていた。

 男の仮面はセイギ戦隊シッコウジャーのものだ。娘が好きでよく見ていた。正しさをこよなく愛し、悪の怪人を打ち倒す。そんな正義の味方だ。娘はそんなヒーローを、かっこいいと言っていた。


 私もそうなりたった。しかし、平凡な私とは似ても似つかなかった。


 ルールの説明が終わり、モニターには建物の見取り図と、五人の位置情報を示す赤丸、それから参加者の顔写真が表示されていた。顔写真には、今日同じように連れて来られた他の四人の写真が映っている。男に女、老人に子供……まさに老若男女だった。


――――『つまり、このゲームの勝利条件は二時間生き残り、かつ自分以外の一人以上が死ぬことだ。簡単だろう? 二時間経てば首輪も自然と外れる』


 しばらく頭を抱える。やがて考え抜いた末、一つの結論にたどり着く。

 私の運命は決したように思われた。殺らなければ、殺られる。生き残るためには、誰かが死ななければならない。

 宝箱を確認する。武器は何度見ても、変わらなかった。使いづらい武器だ。だが、自死を考えた私にはふさわしいものだった。


『武器:ロープ』


 長さ二十メートルはあろう、丈夫なロープだ。人ひとりどころか、三人ぶら下がっても、決して千切れはしないだろう。


 下見の巡回は自分からだった。施錠したカードキーには『E』の文字がある。

 部屋から出ると、廊下を北進していく。二つ隣の部屋までは前を素通りする。三つ目、四つ目の部屋の前では覗き穴の死角に身を潜めるように、中腰で扉側にピッタリ身を寄せて通り過ぎた。

 廊下には所々に花瓶が飾られており、そのすべてが赤い薔薇で彩られている。

 廊下の北端は建物の玄関があるが、施錠されていた。踵を返し、廊下の南端を確認する。行き止まりには花瓶が一つあり、そこには赤い薔薇が二輪挿しになっていた。花びらが一枚落ちている。他には何もない。

 その後は廊下の中央に位置する広間を確認する。大扉を開いて中に入る。テーブルと椅子は固定されていて持ち上げられないようになっている。私は天井の鏡に映る、平凡な自分の顔を見ながら考える。


 デスゲームをひたすらやり抜いて、家族を守る。私に残された道は、それしかなかった。


 自分は娘が憧れたヒーローなんかじゃない。むしろ、悪役だ。たが、それでも構わなかった。


 シッコウレッドは正義のために戦う。私の正義は、家族を守ることだ。


 家族を守るためなら、誰であろうと、殺す。

 私がやるべきことは、とっくの昔から、何一つ変わってはいなかった。


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