第12話 幼馴染の一線を超えて
翌日朝8時にアラームが一斉になる。そして扉の外から母親の声がする。
昨日は寝るまでの時間が無限のように長く感じていたが朝になってみれば早く感じる。
集合は11時なので万が一寝過ごしても大丈夫なようにしていたが、よく考えたら3時間は空きすぎだ。
とりあえず自分の持っている服の中で一番自信がある服に着替える。そして長らく使っていなかったワックスを取り出してセットしようとするが、中々上手くいかない。ヘアアイロンを使っているのだが、ケチって安物を買ってしまったせいか癖が付かなかったりガサついたり、指が何度か触れ火傷しそうになる。
鏡に映る自分は髪が爆発しているので仕方なくシャワーを浴びてワックスを落としてドライヤーでセンター分けにする。いつも通りの髪型だが、冒険をするとすぐに失敗するのでこれで行こうと決めた。
さてここまでの所要時間は1時間半。まだ半分である。しかもデート前なので余計に長く感じる。宿題をしようにも全然手に負えず、結局ベットで布団に包まりながらイヤホンをして好きな曲を聞くことにした。
もしこれを学校に行く前にやると確実に二度寝するが。今回は初デートの緊張感もあり寝ずに過ごすことができた。
そして集合の30分前に家を出る。近所のコンビニにより遠回りをして集合場所に行くと丁度いい時間になると言う計算だ。
そしてコンビニで二人分のジュースを購入する。これはこれからデートに行く相手の分なんだぞとレジの店員さんにマウントを内心で取り、若干鼻高々に店を出る。
もしかして俺、器狭いのか
結愛とは小中高が一緒だったが、特段幼馴染らしく家が隣だとか両親が仲良くて毎週BBQとかそんな関係ではなかった。ただ中学まではちょっと仲の良いクラスメイト。そして高校からは謎に幼馴染設定が追加されて中学までは別々の帰り道だった家も高校からだと同じ方面になるため偶に一緒に帰る仲となっていた。
こうして2人っきりで出かけるのは初めて。集合場所に近づくにつれて気合いが入る。
結局集合場所には15分前に到着した。ごく普通の住宅街の交差点。しかし普段はここで帰り道が変わる為別れる場所となっている。今日はここが集合場所だ。
遠くからこちらに向かって歩く人影が見える。そして一目で結愛だと分かる。長い間制服しか見ていなかったので私服が新鮮に見えた。普段は結んでいる髪も今日は下ろして、若干メイクもしているのが目元で分かる。
お互い見慣れた顔の新鮮な姿に若干照れ臭くなる。
とりあえず無難に駅に向かい、映画を見るのが今日の予定だ。本当は会長にデート内容の相談をしたかったのだが、いまだに連絡が付いていない。
これまで会長から聞いていた(聞かされていた)デートの内容から今日のプランを組んだのだ。
何事もなく鳥取駅に到着して歩いて数分の映画館に向かう。ここ、鳥取駅前にある商店街は県庁所在地ながらいつ見ても衰退している。見渡せば土日だと言うのに人通りも車通りもとても中心市街地には思えない。そして駅前にある映画館も、昭和レトロを売りにしている古い映画館だ。ここしか映画館がないため仕方なく来ているが映画の為に県外に行く人もいるほど古臭い。
もちろん予約システムなどある訳もないので列に並んでチケットを購入してそのまま入場する。今回は「あの丘で君に出会えたら」という映画をチョイスした。本音を言うとアニメ映画の方が興味があるのだが、この場ではTPOを弁える。
「これ、先週からのやつだよね!見たかったやつ!」
結愛がテンション高めにそう言った。もちろんこの前帰っているときにボソッとこの映画が見たいと言っていたのをしっかり覚えていた為、初デート第一段階はまず成功と言えるだろう。
映画の内容はよくある女性向けの恋愛映画で、特段物語が面白いと言うよりかは今話題のアイドルが主演で出ている為それ目当ての女性客と俺たちのようなカップルが大半を占めていた。
そして途中襲ってくる睡魔に耐えながら143分の上映時間を耐え切った。結愛は面白かったらしくあのシーンが良かっただの早速感想を語ってくるので何とか話を合わせるがこういう所に男女の趣味嗜好の違いが現れるのだろう。
ただ、結愛が楽しそうに話している姿を見るだけで正直俺も満足だ。初デート第一段階完全クリア!
そしてその流れでランチに誘う。シャッター商店街を通り、営業しているちょっとおしゃれなカフェに入る。インスタで調べて見つけたお店なだけあって、店内は若い人が数組居た。
そしてその集団に紛れて席に付き注文を済ます。映画館を出て30分が経とうとしているが今だに結愛は映画の感想を語り続ける。あの映画、そんなに話すことあったのかと感心する。
なんだこの幸せな時間
ふと我に帰り、結愛とデートしてる時間と注文したパスタを噛み締める。こんな時間がいつまでも続いたら良いのに。
食事を終え、駅前の方に戻る。今度は一緒に服を買いに行く計画だ。
適当な店に入ると、女性の服が多いのでまずは結愛の服を見ることにした。しかしここで想定外の出来事が起こる。
思ったより恥ずかしい
よくラブコメなどで当たり前のように男女が服を買いに行っているが、初デートのせいなのか一緒に服を見ているのがなんだか照れ臭い。
「え、こんな服着るの?」
「そっちは下着コーナー!」
「胸元空きすぎ」
黙ってくれ俺の脳内!!常に騒がしい脳内と照れ臭い気持ちを隠して結愛に付いていく。
「今日はいいや。新太はどうする?」
どうやら駅前の服屋と言うこともあり、想定より値段が高かったようなので結愛は買わないそうだ。正直男女で服を見るのは恥ずかしすぎるので俺もパスすることにする。
初デートで初失敗だ。やっぱりドラマやアニメはフィクションなのだと胸に誓い、若干微妙な空気のままショッピングセンターの中にあるゲーセンに向かった。
そしてプリクラを撮る。そういえば人生でプリクラを撮る機会があんまり無かったのでまず何をして良いかいきなり戸惑う。
「新太、プリクラ撮ったことないでしょ」
意地悪な顔をした結愛がこちらを覗き込む。
「え、まあ、うん」
羞恥で曖昧になった返事を返すと
「まずはここにお金を入れます」
といきなり奢り前提で500円入れさせられた。どっちみち奢るつもりだったけどなんか悔しい!
初めの説明を終え、撮影ブースに入ると、関係性選択があった。選択肢は
・友達
・カップル
・同級生
・趣味一緒
ん?今の俺たちはどれなんだ
確かにデートに誘っているので最も近いのはカップルだろう。しかし、厳密にはまだ付き合っていない。そして何より結愛の前で俺たちはカップルだと宣言するようでカップルを押すのには抵抗がある。だが友人や同級生で線を引いてしまうと今後に影響が出るかもしれない。
ここまでの思考速度、現実にして僅か2秒。脳を高速回転させていると
「ね、私たちってどれ?」
結愛がまた意地悪な笑みでこちらを見ていた。確かに意地悪な顔だが、裏を返せばカップルで良いよという意図があると何故か結愛の心が読み取れた。
そして照れを隠すように若干下を向いてカップルのボタンを押すと
「へ〜私たちカップルなんだ〜」
と結愛が隣で肘を横腹にツンツンとしてくる。恥ずかしすぎて死にそうだ。
「じゃあまずはお揃いのポーズから」
ボタンを押すと機械が俺たちのポーズを指定してくる。普段女子しかしないような手を顔に覆うようなポーズをさせられたりしていると、それを見て結愛がめちゃくちゃ笑いを堪えているのが見える。覚えとけよ!!!
そして次は
「二人でハートを作ってね」
なんちゅう指示だ!しかしさっきの服を一緒に買うときに受けた羞恥に比べれば平気だと鳴り止まない鼓動を無視して二人でハートのポーズをする。多分今、血流めちゃくちゃ良好だ。
しかし気付けばあと一枚。これを乗り切れば解放される。果たして最後の指示は・・・
「じゃあ最後は、二人で抱き合って」
マジか!!でもここまで来たらヤケクソだやったれ!という意気込みで結愛の方を見ると
「あれ、結愛もしかして顔赤くなってる?」
意地悪な顔で俺は問いかける。
「・・・グゥゥゥッ」
と声にならないような声で結愛は顔を赤めてそっぽを向いてしまっている。どうやら抱き合うのは想定外だったようだ。
「5・4・3」
写真を撮られるまでのカウントダウンが始まる。結愛はこのまま時間が過ぎろと言わんばかりに動かない。まあ指示も絶対じゃないと思っていると
「2・1」
カウントダウンが終わりを告げようとしている。この5秒間が永遠のように感じられたが、結愛とのハグはお預けのようだと思った瞬間
ギュッ
結愛が最後の勇気を振り絞って抱きついてきた。
パシャ
その瞬間、狭い部屋にフラッシュが光る。俺の頭は結愛が抱きついて来た事でいっぱいになっていた。
「終わりだよ!」
機械のアナウンスが鳴り響く。結愛は俺に抱きついた手を離し、恥ずかしそうに荷物を持ち出した。
その後、写真を編集する時間があるのだが、さっきの抱きついて来た写真が余りにも鮮明過ぎて両者とも照れ臭くなり、軽くスタンプだけ乗せて編集を終える。その後写真が出てくるまでの時間、何も話せなかった。
「帰ろっか」
そう言って駅に向かって歩き出す。さっきの写真は半分に切っておたがいすまほけーすに入れることにした。そして駅に向かっている途中、あることに気がつく。
そういえば、手繋いでなかったな
手を繋ぐ時は男の方から何も言わずに繋げと会長は言っていた。常に頭の片隅にあったのだが、タイミングを逃し続けていた。
たが、どうやら今がそのタイミングらしい。さっき結愛が勇気を出してくれたし、俺も勇気を出す番だ。っと脳内会議の結論が出た。
そして店を出た瞬間、何も言わずにギュッと結愛の手を握る。すると結愛も握り返すような感覚があった。その後、俺が握る手に少し力を入れると結愛もやり返し続け、感触で意思疎通のように会話をして、駅まで一言も喋ることはなかったが、お互い照れくさい顔をしながら握る力だけで会話を続けた。
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