第12話

福山咲子のピアノリサイタルは、いつも盛況だった。ホールをびっしり埋め尽くした観客達もみんな総立ちで割れるような拍手に包まれている。その中の一つの客席に千晴の姿があった。千晴も拍手を送りながらステージに立つ母親を見つめている。

会場中から拍手と共に、アンコールの声が上がる。

咲子は再び舞台の中央に進むと、グランドピアノの前に立った。咲子が椅子に座ってピアノと向き合うと同時に、会場は水が静まったように物音一つしなくなる。そしてまもなく美しくダイナミックなピアノの旋律がホールを包み込み始めた。


「母さん」

リサイタルの終了後、咲子のいる楽屋の前にはファンが殺到している。子供の頃からずっとそうだった。千晴は母親の好きな赤いバラとかすみ草に彩られた花束を持って、楽屋にやって来た。

「サキコ……!」

廊下で母と抱き合い、リサイタルの成功を讃え合っているのは、世界的なピアニストのジェフリー・ローランドだ。

「君の天使が来てるよ」

ローランドは咲子を抱きしめながら、耳元でそう囁く。

「千晴!よく来てくれたわ!」

咲子はローランドから離れると、いきなり千晴を抱き締めた。

「そうよ……!ジェフ。千晴はこの世でたった一つの私の愛なんだから!」

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