第18話

 それから一週間が過ぎた頃。

 休日に再びチョカの家へ拉致……ではなく呼び出される。

 圭太がお姫様抱っこした一件のあとで数日入院したと聞いていたが、それから彼女とは一度も会っていない。それに噂ではまだ本調子ではないと聞いていた。そんな中、無理して僕を招待するほどのなにかがあったということは、今度こそ権力を使ってこの世界から抹殺されるかもしれないと、内心恐怖していた僕。

 しかし、チョカが最初に発した言葉は予想外のものだった――。


「失敗しましたわ……」

 僕は彼女がなんのことを言っているのかまったく理解できず、五秒ほど固まってしまう。

 と同時に彼女の見た目の変化に驚いていた。なぜなら彼女は、一週間前とは別人のように痩せ細っていたからである。

 するとチョカは大きくため息をついたあと、力ない様子で質問してきた。

「玲央さん……。聞いてらっしゃいます?」

「……う、うん。ごめん。えっとぉ。なにを失敗したのかな?」

「この前のお姫様抱っこの件です。わたくしが体調を崩したときの」

「ああ、あれには驚いたよ。無事退院できてよかったけど……。もしかしてお姫様抱っこされたことが家族にばれて、なにか問題になったとか? それか、周りに冷やかされたとか?」

「いえ、それは問題ありません。あの行為自体は嬉しかったですし……。圭太さんさえよろしければ何度でも、おかわりさせていただきたいくらいです……」

「それなら、なにが問題だったの?」

「実はあのとき圭太さんに……『重い』と言われたのです」

「え? 『重い』って、体重のことだよね?」

「はい。そうです。わたくしが重いと」

「圭太がチョカに? 本当?!」

「ええ。本当です。わたくし、それがショックで……。あれ以来、ずっとダイエットを続けておりますの。次回抱っこされたときには『軽い』と言われるように」

「も、もしかして、その激痩せしてるのって病気が原因じゃなくって、ダイエット?!」

「病気? 病気はとうの昔に完治しておりますよ。それより玲央さんから見て、わたくしは本当に痩せてるように見えますか? ダイエットは成功してますでしょうか?! 圭太さんはこれくらいで大丈夫ですか?!」

「ちょ、ちょっと待って! すぐにダイエットはやめた方がいいよ! ダイエット成功っていうより病人みたいだよ! 身体に良くないから!」

「そうなのですか? 圭太さんは痩せてる女子の方が好みなのかと思ったのですが、痩せすぎましたでしょうか」

「圭太が痩せてる人を好きかどうかはわからないけど……それは、かなり無理しすぎだと思うな。でもさぁ。本当に圭太が女子に『重い』なんて言うかなぁ」

「はっきり言われました!」

「どういうやり取りの中で、そういう話になったの? 具体的に聞きたいんだけど」

「それは確か……。小学生の頃、わたくしが公園で怪我をしたときも抱っこして運んでいただいたという思い出話をしていて……」

「それって、抱っこされて職員室に運ばれてる途中だよね?」

「はい。そして……六年の頃には、精神的にも成長していたねとお褒めいただいたあとに言われたのです」

「なんて言われたの?」

「今は体重も成長したね、と」

「……え? それだけ?」

「はい。正確な言葉は覚えていませんが、そのような意味の言葉でしたわ」

「……いや、それ冗談だから」

「冗……談?」

「だってそうでしょ。精神的に成長したけど体重も成長したねっていう、おっさんが言いそうな冗談だよね。それに、チョカが重いだなんて一言も言ってないじゃん」

「確かに『重い』と直接的には言われておりませんが、これって同意ではなくて? どうしてこれが冗談になるのですか?! わたくしには理解できません……」

「体重が成長したっていうのは、その六年のときと比べての話だよね。そのときと比べたら体重が増えてるのは当たり前でしょ?」

「はぁ……。それはそうですが」

「例えばさぁ。一年前とか一ヶ月前とかと比較して『体重も成長したね』だったら失礼かもしれないよ? でも、小学六年の頃と今を比べての話だったら違うでしょ。だから、冗談で言ったんだと思うけどな。まあそれでも女子に体重のこと言うのはアウトだけどね」

「そうだったのですか……。冗談で……」

「圭太もたいがいの天然だけどチョカも負けてないね。天然同士が会話すると、こんなことになるんだ」

「情けない話です。玲央さんに来ていただいてよかったですわ」

「今日呼ばれたのって、その話?」

「この件でご相談しようと思ったのです。努力して痩せたつもりだったのですが、圭太さんに合わす顔がなくって。このようになんの取り柄もなく、ただただ無駄に重たいだけの、駄肉をぶら下げ歩いてるだけの、このようなわたくしが、どの面下げてお会いすればよいのかと思っていたのです。それで、玲央さんに相談しようかと思いまして」

「自分のこと卑下しすぎだと思うけど……。でも、これで解決かな?」

「そうですね。ありがとうございます」

「そう言えば圭太もチョカのことかなり気にしてたよ」

「そうなのですか?! 圭太さんがわたくしのお話を?!」

「う、うん……。なぜかチョカにずっと避けられてるし、もしかしたらお姫様抱っこしたことで気を悪くしたんじゃないか、ってヘコんでたよ」

「それはまずいです! 緊急事態です! 早く圭太さんの誤解を解かないと! なにかよいアイデアはないでしょうか?!」

「アイデアもなにも、会ってそのまま説明すればいいじゃん。体重が重いって言われたと勘違いしてダイエットしてましたって。恥ずかしくって避けてましたって」

「そんなこと絶対に無理ですわ! この前の委員会でも緊張して心臓が飛び出そうでしたのに! た、た、体重の話など恥ずかしくてできません!」

「圭太なら大丈夫だけどなぁ」

「む、無理です! だって、あんなに格好よくって、背が高くて、スポーツマンで、行動力があって、頭がよくって、包容力があって、優しい……そんな圭太さんに体重の話など!」

「美琴もチョカも面倒臭いな」

「はい?」

「い、いや、なんでもないよ。それじゃあ、明日の放課後、部活終わってからデジ研のみんなで駅前の書店に行くからさ、そこにチョカも来たらどうかな?」

「書店にですか? でも、わたくしは今買いたい本がありませんの……」

「いや、本当に買わなくていいから……。演技でいいから『たまたま本を買いに来たら出会いましたわ』って感じでね。話かけるのが無理なら、僕から声かけてあげるよ」

「なるほど……。それは素晴らしいご提案です! やってみますわ!」

「でもまずは、しっかり食べた方がいいかもね。圭太、今のチョカの顔見たらびっくりして心配するよ」

「わたくしのことを心配なんてしてくださるのでしょうか……」

「するに決まってるじゃん。圭太がどういう奴か、よく知ってるでしょ?」

「……そうですね。きっと心配してくださいますね。今日から頑張って食べます」

「でも、僕が協力できるのはここまでだから。美琴もそうだけど、これ以上は敵に塩を送るようなことはしたくないんだ。あとは自分でなんとかしてね」

「十分です。きっかけができたら、あとは自分で努力いたしますわ。嫌なことをお願いしてごめんなさいね」

「前もまったく同じこと言われたような気がするんだけど……」

 そして翌日の放課後、チョカはSPを引き連れ僕たちがいる書店に現れたのであった。

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