第17話

「……気づいてたんだね」

「まあ、幼稚園のときからずっと見てきましたからね。圭太さんを見る目がハートマークのように見えることもありましたし。なんとなくは、そうだろうなと思っていました。美琴ちゃんと猫ちゃんはこのことを?」

「美琴にはこの前ばれそうになったけど、誤魔化したよ。猫はかなり前から知ってる……」

「圭太さんは?」

「圭太は……間違いなく気づいてない」

「ふふふ。圭太さんはああいう人ですから、わからないでしょうね。……でも承知しました。そういうことならもう責めませんし、その口紅は差し上げますわ」

「もしかして、許してくれるの?」

「ええ。玲央さんが女子のお友達だったのだとわかりましたから、変態行為ではなかったと認定します。しかし女友達だったとしても、勝手に化粧品を使うのは駄目なことですよ」

「ごめん……。もうしないよ」

「当然です。今回は許して差し上げますが、そうですね……。その代わりに玲央さんの二つ名には『強欲』を追加します」

「なに、その七つの大罪みたいな二つ名は……」

「玲央さんは欲望に負けてしまったのですから、仕方がありません。暫くはその名前を贖罪として背負ってくださいな。それでいつか反省が見られたら変えて差し上げます。本当は『色欲』とどちらにするか迷いましたが、性癖ではないということなので『強欲』にします。よろしいですね?」

「僕に拒否権はないからね。いつかその名前を消してもらえるよう頑張るよ」

「それで……一つ確認なのですが」

「なに?」

「玲央さんは、やはり圭太さんが好き……なのですね」

「……うん。僕はずっと圭太が好きだよ。その気持ちは誰にも負けないつもり」

「と、ということは、男子のフリをして圭太さんに近づき、変態行為に及んでいるということですか?! やはり『色欲』に変えた方がよさそうですね……」

「変態行為なんてしてないし! 圭太とは普通に男友達として接してるから!」

「本当ですか? 信じられません」

「本当だって! 圭太に聞いてくれたらわかるよ。神に誓うから!」

「神様に誓うということなら信じます」

 クリスチャンであるチョカは片手で十字を切ったあと、目を閉じ祈り始める。そしてなにかをブツブツと呟き始めたので、たまらず僕は今日の本題を切り出すことにした。

「で、僕が呼び出された理由ってなにかな」

「ああ、そうでした。玲央さんのお気持ちを聞いて、どうしようか迷っているのですが、折角ですからお話ししてもよろしいでしょうか」

「えっとぉ。もしかして圭太のこと?」

「そうです。実はわたくし、圭太さんとはここ四年ほど会話をしておりません。ずっと向こうから話しかけてくれないかとお待ちしておりましたが、そのような機会もまったくないまま四年が過ぎてしまったのです。しかし最近、圭太さんは美琴ちゃんと仲良くなり始めたと聞き、わたくしは少し焦っております。ですので、これからは『待つ女』ではなく『動く女』に変わろう思いましたの!」

「なるほどね……。で、僕はなにをすればいいの?」

「協力してくださいますの?!」

「今日の罪滅ぼしとして、できる限り頑張るよ。内容にもよるけど……」

「わたくしは、圭太さんに近づけるきっかけが欲しいのです。会話さえできるようになれば、あとはわたくし自身で努力いたします。ですので、なにかヒントとなるような情報をいただけないでしょうか。玲央さんのお気持ちとしては嫌なお願いかと思いますが、それ以上の援護は必要ありません」

「最近、まったく同じことを美琴に相談されたんだけど……」

「美琴ちゃんが?! そ、それでどうなりまして?!」

「美琴は、僕と圭太と猫で創った部活に体験入部することになったよ。まだ同好会だけどね。だからチョカも入ったらどう? それくらいなら僕がうまく手引きするけど」

「嬉しいお誘いなのですが、それは難しいですね。わたくしは茶道部と花道部と書道部と家庭部と美術部の五つの部を掛け持ちしておりまして、すでに一週間埋まっておりますから、これ以上は別の部に入ることができませんの」

「そんなに?! チョカって習い事もしてなかった?!」

「はい。それは部活動のあとか、お休みの日に」

「鉄人だね……」

「ちなみに、三人で創った部というのは、どういった部ですの?」

「パソコン使ってデジタルイラスト描く部だよ。通称『デジ研』さ」

「イラストですか? あの雑で大雑把な美琴ちゃんに繊細なイラストが描けるとは思えませんが……。美琴ちゃんより美術部のわたくしの方が適任ではないですか?! どうして、わたくしを先に誘っていただけなかったのです?!」

「誘っても、入れないんだよね?」

「そうでした……。でも……。ぐぬぬ……」

「普通に話しかけたらいいと思うけどな。圭太なら問題ないでしょ」

「そうなのでしょうが無理でした。何度か話しかけようかと挑戦してみたのですが、緊張してしまって……。それに圭太さん、なんだか最近は見た目も更に格好よくなられたようで……」

「まあ、中身は一緒なんだけどね……。あ、それじゃあさ。保健委員会はどう? 明日のLHRに委員会があるでしょ? 圭太は保健委員だから保健委員会に出るよ。それにチョカも参加して隣にでも座ったら、話しかけるチャンスになるじゃん」

「どうやって参加するのです? わたくしは図書委員ですよ?」

「そんなの代わってもらったらいいじゃん。チョカのお願いなら、誰でも聞いてくれるよ」

「でも……。代わっていただくための正当な理由がありませんわ」

「それは『お友達が一緒だから』とか、なんか適当に言えばいいんじゃないかな。保健委員なんてほとんど仕事も無い委員なんだから、別にこだわりもないと思うよ」

「そうですね。わかりましたわ。一度やってみます」

「でも、僕が協力できるのはここまでだからね」

「ええ。問題ありません。この先はわたくし一人でなんとかしてみせます!」

 そして翌日の保健委員会で、チョカは圭太との接触に成功したのだった。

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